【ごめんなさい。俺の運命の恋人が超絶お怒りです。1巻】電子書籍とペーパーバック

1巻の冒頭

一章

 サージェルタ王国ではここ数年、各地から魔物の数が異常に多くなっているという報告がされ続けていた。魔物討伐のために騎士団や冒険ギルドに所属している者達も頑張ってはいたが、埒が明かないといった状況だ。深刻な被害にサージェルタ王国第十二代国王ランドルフ・フォル・サージェルタは、初代国王より禁止されていた異世界召喚の実施を決断した。
 
 異世界召喚とは異なる世界からこの世界を救う力を持つ者、つまり救世主を呼び寄せる秘術のことだ。

 サージェルタ城、神殿。
 召喚の魔方陣を囲み、神官達が魔石を片手に祈りを捧げ始めた。大きな魔石を両手に詠唱を繰り返し唱えるのは神官長であるサーゼン。それを離れた上段から国王ランドルフと王太子であるレディルが真剣な表情で見守っている。
 しばらくすると神官達の持つ魔石から魔力が魔方陣の中央へと流れていく。
「おおっ!」
 ランドルフの口から興奮した声が漏れた。
 中央で一つとなった魔力は青白い光となり渦を巻いていく。渦は音を立て徐々に速く大きくなり、神殿内にいる者達全てが風に抗うために足を踏みしめると、突如、ピカッ! と金色の光が放たれた。
 渦が止んだ静寂の中、人影を見た神官達が歓喜の声を上げた。
「おおお! やった!」
「やったぞ! 成功だ!」
「救世主様だ! これでこの国は救われる!」
 しかし、その喜びはすぐに困惑へと変わった。
「え?」
「なっ! ……そんなッ」
「嘘だろ?」
「まさか……救世主様が、女……少女、だと?」

 この日、一人の少女がサージェルタ王国に異世界召喚された。

 魔方陣の中央でしゃがみ込んでいる黒髪の少女。
 神官達は顔を見合わせ、ざわめき出す。
「これは……どうなんだ?」
「まさか、失敗?」
 異世界召喚に成功したというのに、呼び寄せた救世主が少女ということで皆が戸惑いを見せているのには理由がある。

 このサージェルタ王国の初代国王。
 彼こそ一八六年前、異世界召喚で呼び寄せられた救世主だった。
 当時は四方を山に囲まれたこの地を三つの国が治めていた。魔物は山に住み山中の生き物などを食料としている。しかし魔物の数が増えれば足りなくなった食料を求め、魔物が人間の住む領域へと姿を現す。そして人間が育てた野菜や果物、飼育している家畜を襲い、奪う。それだけでなく、魔物にとっては人間も食料となるのだ。
 魔物の大量発生による人的被害と食糧難。このままでは魔物に人間が滅ぼされてしまう。
 仲の悪かった三つの国は、人間同士で争っている場合ではないと魔物討伐のために力を合わせることになった。
 三つの国の武力、魔法、魔術を総動員して駆使しても、厳しい状況が続いていたある日、神殿から朗報が届いた。
「神託が下りました!」
 魔物を圧倒する力を持つ人間を異世界から召喚する。秘術、異世界召喚は、神から授けられた魔術だった。
 そうして召喚されたのは、この世界の誰も敵わない武力と魔力を持つ男。恐ろしく強い魔物でさえも簡単に倒してしまう。人々は神が与えてくれた救世主に熱狂した。
 魔物が人間の生活領域に姿を現さなくなり、平和を取り戻した頃、三つの国は一つとなった。
 救世主、ロベリル・フォル・サージェルタ。
 人々は彼を新しい国の王とし、サージェルタ王国が誕生した。

 そんなこの国の成り立ちを知らないのは、まだ何も教わっていない赤子や子供のみ。だからこそ、神官達は異世界召喚される救世主のことを、体格のいい成人男性だと思い込んでいたのだ。

「父上」
 レディルがランドルフへと声をかける。
「何だ?」
「私達の先祖である初代国王は、異世界からの召喚者であり、剣の腕も魔法の力も誰も太刀打ちできない実力者、まさしく救世主であったと伝えられております」
「……そうだな」
「今回もきっと初代国王と同等の力を持つ男の武人が召喚されると、誰もが期待していたことでしょう。なのに、どういうことです? あんな小娘では期待外れと言ってもいい。……もしかして、失敗したのでは?」
「……。いや、まだわからんぞ」
 ランドルフが上段から下り、そこに立つ神官長サーゼンのもとへと向かった。

「神官長」
 王の声に神へ感謝の祈りを捧げていたサーゼンが振り返る。
 そして、王とその後ろにいる王太子へと片膝をつき頭を下げた。
「陛下。無事、異世界召喚は成功にございます」
「成功? 我らが求めていた救世主とは、ずいぶんとかけ離れた者を召喚してしまったようだが?」
 座り込んだままの少女は微動だにしない。
 神官達は王と神官長の会話を黙って聞いている。
「私も最初は驚きましたが、ご安心ください。神託が下りました」
「ほぉ?」
「神はこうおっしゃいました。今回召喚された少女は、この国で一番【強き者】の【運命の恋人】である。二人の力を合わせれば、魔物を討伐することなど容易いであろうと」
「……何と?」
「何だと?」
 困惑している王の後ろで、レディルが片眉を吊り上げた。
「この国で一番【強き者】の【運命の恋人】? そなた、召喚に失敗したからと誤魔化そうとしているのではないか?」
 サーゼンがレディルの疑惑に強い眼差しで答える。
「いいえ! レディル王太子殿下。神官長である私が、神のお言葉を偽り誤魔化そうなどと、本気でお疑いか?」
 その気迫にレディルは気まずげに謝罪する。
「いや、すまぬ。だがしかし……」
 そんな二人をよそに、あごに右手をやり、考えこんだ様子を見せていたランドルフが納得した表情で頷く。
「異世界召喚はこの国の救世主を招くための魔術。初代国王の時と違い、今回はこの国一番の【強き者】とあの召喚された少女が【運命の恋人】であり、その二人がこの国の救世主となるわけだな」
「おお……ッ」
 神官達が納得したという表情を見せる中、レディルが呆然とした顔で召喚された少女を見る。
「ということは、だ。レディル」
 国王の視線と声にビクリ、と体を震わす王太子。
 サーゼン、神官達の視線もレディルに集まる。
「この国で一番の【強き者】とは、そなたのことであろう!」
 神官達から歓喜の声が上がる。
「では! レディル王太子殿下が救世主のお一人!」
「お二人は【運命の恋人】同士であらせられるのですね!」
「神の認めし【運命の恋人】とは! なんと素晴らしい!」
「まっ、待て! お前達‼ お待ちください父上! お忘れですか!? 私には……私には、愛する婚約者がいるんですよ!?」

 サージェルタ王国の王太子、レディル・フォル・サージェルタは、金髪碧眼の18歳である。彼は約一年前に、アレンジア公爵家の令嬢、銀髪碧眼の19歳、ルーシェ・アレンジアと婚約していた。彼女は幼き頃から王太子妃候補として教育されてきた淑女であり、レディルの長年の想い人であった。
(ライツとの決闘で勝利し、ようやくルーシェと婚約出来たというのに!)
 レディルが奥歯を噛みしめる。
「この国一番の【強き者】確かにそれは私であろう!」
 高らかなレディルの声が神殿に響き渡る。
「だが! 何だ! そのふざけた【運命の恋人】というのは! 冗談じゃない! 私にはルーシェが、愛する婚約者がいるのだぞ!? 婚約破棄など、絶対にしないからな!」
 そんなレディルへサーゼンが声を高らかに主張する。
「神託でございます! 神のお言葉にございます。レディル様、どうか召喚されし御方と共に力を合わせ、この国をお救い下さい!!」
 それをきっかけに、この場にいる神官達全員が神官長であるサーゼンの後方に集まり、レディルへと跪いた。
「レディル殿下! どうか国をお救い下さい!」
「お願いでございます! どうか!」
「王太子殿下!」
「くっ……」
 神官達の懇願に怯みながら、負けじとレディルが「嫌だ!」と言い放つ。
「王太子である私自らが魔物討伐にだと!? ふざけるのも大概にしろ! 第一! 見てみろ! あんな女、顔も容姿も何もかも! 私の婚約者であるルーシェの足下にも及ばないではないか! あれが将来の王妃だと!? あり得ないだろう! 絶対に認めない! 私は絶対にルーシェと結婚するんだ! 神に逆らってもこれだけは絶対に譲らないからな!」
「王太子殿下! 何ということを!? 神のご意向! ご神託でございますぞ!」
「何と罰当たりな!」
「レディル様! 我が儘も大概になさいませ!」
「黙れ! 絶対に嫌だ!」
「レディル、ご神託だ。諦めろ」
「父上!? 絶対に嫌です!」

 とんだ騒動になった中、一人一言も言葉を発することなく、その場にいたはずの少女が姿をそっと消したことに、誰も気づくことはなかった。

「それで?」
 豪奢な応接室で冷えた声に促され、国王ランドルフは正面に座る甥へと気まずげに続けた。
「うむ……何というか、その、レディルを説得している間にだな……いつの間にか」
「その少女がいなくなっていたと?」
「そう、なのだ……城中を探させたのだが、どこにも見当たらず、おかしな事に、姿を見た者さえいないという報告が上がってだな。……異世界から来た救世主様だ。どんな力を持っているかわからぬ。それに……振り返ってみれば、我々は異世界召喚されたその少女に一言も声をかけることなく放置し、レディルの奴も彼女に対して随分な暴言を吐いていたことを思い出してだな……」
 そこでランドルフが小さく「……逃げられたかもしれぬ」と言うと、目の前にいる甥に大きな溜め息を吐かれた。
「何をやっているんですか、伯父上。本当に……」
 反省してばかりの国王は「すまん」と素直に謝った。

 この甥、国王の弟の次男、ルザハーツ公爵家のライツ・ルザハーツは、紺の髪に青紫の瞳を持つ19歳。
 王太子であるレディルとその婚約者ルーシェの幼馴染みでもある。
 魔物が大量発生しているこの現状で、国一番魔物の討伐に貢献しているのがこの男である。
 今日も早朝からルザハーツ領の騎士団と共に山中の魔物討伐に出ていたが、異世界召喚が行われるという情報が届き、ライツは急ぎ王都へ向かい城へと駆けつけた。
 しかしその時にはすでに儀式は終えており、さらに召喚した救世主が消えたと城中が大騒ぎになっていた。
 ちなみに騒動の原因である王太子は、現在神殿の反省室で神官長に説教を受けている。

「見慣れぬ衣服を着た黒髪の少女か……。衣服は着替えられたらおしまいだし、黒髪は珍しくはあるが、いないわけではない。無事見つかると良いが……」
 バン! と国王が両手でテーブルを叩いて立ち上がる。
「ライツ! 頼む! どうにかして消えた救世主様を探し出してくれ! 国のため、初代国王のご意向に反し、緊急事態として異世界召喚を行ったが、まさかこのようなことになるとは……。大量の魔石を消費し、もう一度儀式を行うことも出来ぬ。連れ戻してくるまでにレディルの奴は説得する。あいつももう子供じゃないんだ。時間を置けば頭が冷えて己のなすべき事がわかるだろう。どちらにせよ国王権限を使い、あいつとルーシェ嬢の婚約は破棄とする!」

「神よ。お恨みいたします」
「まったく。神官長の説教を受けたばかりなのだろう? 反省室で反省も出来ないのか、おまえは」
 レディルが神殿の反省室に入室してきた男を見る。
 そこに立つのはレディルにとって、いとこであり、兄のような存在であり、幼馴染みであり、そのなによりも、一番のライバル。
「ライツ……」
「国王陛下より異世界召喚された少女の捜索を任された」
「笑いに来たのか? 結局ルーシェが私のものにならないことに」
「いいかげんにしろ。今回のことは王太子としての資質を問われる失態だぞ」
「そうか……。ルーシェも、王太子という地位も、結局全ておまえが奪うんだな。私は、救世主になるためにこれまで頑張ってきたわけではないのに……」
 投げやりなレディルに、ライツは苛立ち冷たい声をかける。
「……国王権限で、おまえとルーシェとの婚約は破棄だそうだ」
 ただでさえ暗いレディルの表情が絶望へと変わる。
「が、感謝しろ。俺が止めておいた。少なくとも、行方不明の少女が見つかるまでは、早まった行動を起こすべきではない」
「……何故だ?」
 探るような目でライツを見る。
「レディル。この国一番の【強き者】が自分だと、どうして思った?」
 ライツの問いにレディルは当然とばかりに言い返す。
「一年前の決闘で、私はおまえに勝った」
「そう。一年前の話だ。あれから、俺がどれだけの魔物を討伐してきたと思っているんだ?」
 レディルがその可能性に、ハッと目を見開かせた。
「まさか! もしそうなら……」 

 ライツが神殿を出ると、待機していた側近の一人が姿を見せた。
「あれから状況は?」
「いえ。まだ何も」
「そうか。着替えの準備は?」
「出来ております」
 行方不明の少女を探している神官達とすれ違いながら、二人は渡り廊下を足早に歩く。そして城の一室に入ると、魔物討伐に出たままの恰好から平民が着るような目立たない服装へと着替える。
 全身を映す鏡の前で、着替え終わったライツが側近へと声をかけた。
「ハリアス。少し一人にしてくれ。俺が出るまで、この部屋に誰も入れるな」
「承知しました」

「さて、と」
 ライツは鏡に映る自分を見ながら無詠唱で魔法を使う。
(鑑定!)
 ライツの目の前に文字が現れる。
 スキル【鑑定】は、魔物や人物などの能力を文字や数値化する能力である。
 初代国王が持っていたということで有名なこの能力は、以後、他の誰も持つことのなかったスキルであり、もしライツがこの能力を持つことを知られていたら、王太子の座はレディルではなく、ライツとなっていただろう。

(鑑定は魔力をかなり使うが、ありがたいことにご神託付きだからな)

 名前:ライツ・ルザハーツ
 性別:男
 年齢:19
 体力:3200/6000
 魔力:28600/35000
 称号:【強き者】
 スキル:【鑑定/1000】【索敵/50】【火魔法】【水魔法】【風魔法】【地魔法】【光魔法】

 神託:【本日、あなたの運命の恋人が召喚されました】

(……うん)
 ライツはなんともいえない表情で頷く。
(神様、どうぞ俺の運命の恋人の行方をお教え下さい)
 続けてそう願うと、神託の所に新たな文字が追加される。

 神託:【本日、あなたの運命の恋人が召喚されました。運命の恋人の行方は【索敵】を使うといいでしょう】

【索敵】は通常魔物の居場所を探る時に使っているスキルだ。

「……なるほど」

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