ごめんなさい。俺の運命の恋人が超絶お怒りです。1(71話~80話)

小説
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第71話 誤解

 二人が去った後、ライツはマナとナチェルが抱き合っていたソファへと移動して、腰を下ろした。
 そして、ずっと言葉を発していないモランへと問いかける。
「それで? 何があった?」
「え……何が、というと?」
「何かなければマナがナチェルに抱きしめられるような状況にはならないと思うが違うか?」
 息継ぎなしの早口で言われ、モランがコクリと頷く。
「違わないです。はい」
「で?」
 低音で促され、モランは頭を掻く。
「えっと、俺もですね、何をどう言ったらいいのか……」
(救世主様が神様に喧嘩を売るとおっしゃってました……なんて、言っていいんだろうか?)
 何をどう話せばいいのか、ナチェルではないがモランも時間が欲しかった。
「あ! そうだ! あれには驚きました。俺、すっかり誤解していたので」
 モランが今思い出したとばかりに両手の指を組んでそう言った。
「誤解?」 
 ライツが片方の眉を上げて問うとモランは大きく頷いた。
「俺、昨日の様子から、ライツ様とマナ様は、てっきり好き合っているんだろうな、と思っていたんですが、違ったんですね!」
「は?」
 ハリアスが何を言っている? という目でモランを見た。
「何でも、そっくりらしいですよ!」
「そっくり?」
「ライツ様のその声が」
「声が?」
「マナ様の大好きな、初恋の人とそっくりなんだそうです!」

第72話 俺とは違う。

 それを知らされたライツは表情を無くした。
 モランがまだ何か話しているが、ライツの耳には届かない。
(そっくり? 俺の声が? マナの大好きな初恋の相手と?)
 何だそれは……と思う。
 マナが俺の前で、真っ赤になったり、照れたり可愛い顔をしていたのは、好きな男と同じ声だったから?
 ライツが俯き頭を片手で支える。
(元いた世界に、好きな男がいたのか。……そうか、そうだな。当たり前だ。あの年頃の女の子なら好きな相手くらいいて当然だろう)
 俺とは違う。
 俺は子供の頃から【鑑定】の中の【神託】で、俺には【運命の恋人】がいるのだと知り、ずっとその相手を探してきた。
 周囲の同じ年頃の者達が恋に身をやつしても、自分だけは誰に心惹かれることなくこの歳まで生きてきた。
 そして昨日、ようやくマナが。
 俺の【運命の恋人】が姿を現した。
 俺は当然のように彼女に心惹かれ、当然のようにきっと彼女も俺のことを好きになってくれるだろうと……自惚れていた。

「ライツ様? ライツ様!」
 ハッと顔を上げる。
 そこには心配そうにこちらを見ている顔が二つ。
「すまない」
 ライツは立ち上がって言った。
「考えたいことがある。しばらく一人にしてくれ」
 そう言い残し、ライツは部屋を出て自室へと向かった。

第73話 その理由

 ライツの背中を見送った二人が顔を見合わす。
「えっと、俺、何かまずいこと言いましたか?」
 おずおずとモランがそう訊ねたが、ハリアスは真面目な顔で逆に訊ね返す。
「先程の話は本当なのか?」
「先程の?」
「マナ様に好きな相手がいて、その声がライツ様とそっくりだという話だ」
「それは、はい。マナ様が可愛らしく顔を赤くしてそうおっしゃっていましたから」
「……そうか。モラン、そのことはもう口に出すな」
「えっ?」
「マナ様は元いた世界に帰れない。帰す術がないんだ。こちらの世界の都合で無理矢理召還しておきながらそれが出来ない。元の世界に好きな相手がいたのならなおさら、慎重に彼女の心に気を配らなければならないだろう」
「は、はい」
(……そうか。マナ様が悲しんでいる様子を見せないから深く考えなかった。マナ様は二度とその好きな人とは会えないのか)
「ライツ様はマナ様に、救世主としてのお立場を押しつけるような真似はしないというご意向だ。俺達は余計な口出しせず、静かにお二人を見守ることにしよう」

 愛那とナチェルが移動したのは、昨日愛那が着替えに使用した部屋だった。
「マナ様、どうかお聞かせ下さい」
 その部屋の椅子に座った愛那の前で、片膝をついたナチェルが愛那の顔を見上げている。
「先程、姿を消したのはどうしてですか?」
「ええっ!?」
(それ! 言わなきゃいけませんか? 私がライツ様のことが好きだってこと? 恥ずかしいんですけど!!)
 口に出していないその言葉を正確に読み取ったのか、ナチェルが「では、質問を変えます」と言った。
「マナ様は、ライツ様の声にそっくりだというその男性と、どういう関係だったのですか?」
「えっ?」
(え、ええっ? どういう関係?)
「ファン?」
「ふぁん?」
 意味がわからないという顔でそう返された愛那が頭を悩ます。
「えっと、何て言ったらいいのかな?」
(彼は声優さんで……とか、この世界の人に説明するのは時間がかかりそう)
「マナ様がお付き合いしている相手、または婚約者とかではないのですね?」
 ここで愛那はとんでもない誤解をされていることに気付き、慌てて否定する。
「! ち、違う! 違いますよ! 実際に会ったことない方ですし! それに、桂木様には愛する奥様と二人のお子様がいらっしゃるんです!」
「……そうですか。では、マナ様」
「は、はい?」
「私はマナ様の様子を見ていて、マナ様が何故姿を消されたのか、その理由を考えました。……そして、おそらくそうではないかという答えを導き出しました」
 跪いたままナチェルが愛那へと手を伸ばし、ギュッとその手を握った。
「マナ様。マナ様はライツ様に恋をしているのではないですか?」
「!」

第74話 応援させていただきます。

 愛那は固まった。
(恋。ライツ様に……してます。してるみたいなんですけど、何でわかるの!? 私もさっき気づいたばかりなのに!!)
「わ、私、そんなにわかりやすいですか?」
 ナチェルにとって、頬を染めて問うそれが愛那の答えだ。
「やはり、そうですか」
 ナチェルが微笑む。
「だとしたら、神のご意向に逆らおうとするマナ様のお気持ちもわかります。運命の相手がライツ様ならよかったのにと、そうおっしゃってもいましたし、神様相手に喧嘩を売りたくもなりますよね」
「うっ」
 愛那が気まずい表情で顔を背ける。
(そういえば、神様に喧嘩売る宣言しちゃったんだった)
「そのマナ様の恋、私、微力ながら応援させていただきます」
「えっ!? いや、あの……いいんですよ? 神様に喧嘩を売るなんて馬鹿をするのは私だけで」
「いいえ」と言ってナチェルは首を振る。
「マナ様のお力になりたい。我が儘を言っていいんだと、そう言ったのは私です。それに神は運命の相手を間違って伝えたのではないかと、正直、疑っています。マナ様の相手は、ライツ様こそ相応しい」
「ナチェルさん……」
 ナチェルが右の掌を胸に当て、愛那へと深く頭を垂らす。
「私、ナチェル・ミューラは、マナ様の我が儘に最後までお付き合いすることをここに誓います」

第75話 話

 あれから一人きりの時間を過ごしたライツが部屋から出て来た。
 廊下にはハリアスの姿。
「さっきはすまない。時間をくれたおかげで冷静になれた」
「いえ」
「……昨日会ったばかりで、すぐに恋人同士になれるなんて思っていた俺が馬鹿だった。俺はマナについて知らないことばかりだし、同じようにマナは俺のことを知らない。恋人になるにはそれなりの段階を踏まないとな。……だろう?」
 自嘲するライツの笑みが、話の途中から徐々に取り除かれ最後には消えていた。
 ハリアスが安心した微笑を浮かべ「ええ」と頷いた。

 ライツは愛那と二人きりで話があると言って、ハリアスに彼女を呼び出してもらった。
 部屋で若い男女が二人きりというのはまずいので、邸を出て庭へと誘う。
「マナ」
「はいっ!」
 隣に並んで歩いているだけなのに、愛那の様子が変だ。
 ライツは顔が赤い愛那を不思議そうに見る。
 ぎくしゃくとした歩きもおかしい。
 だがライツはすぐに(ああ、)と思い出した。
(好きな男と、声がそっくりだからか)
 ライツの淋しげな表情はすぐに真剣なものへと切り替えられた。
「俺は明日、ルザハーツ領へ帰る」
 歩みを止めた二人が向かい合って見つめ合う。
「俺と一緒に来て欲しい」
「……はい」
 素直にこくり頷く愛那に(可愛いな)と思いライツが笑みをこぼす。
「ありがとう。……明日出発する前に、マナにはたくさん知っていてもらいたいことがあるんだ」
「……この世界のことですか?」
「そうだ」
 頷くライツを見て愛那も頷く。
「私も知りたいと思っていました」
「そうか」
 ライツが愛那を促して歩き出す。
「この先に落ち着いて話せる場所がある。そこへ行こう」

第76話 この世界で一番

 緑と花に囲まれた空間に置かれた白いベンチ。
 二人はそこに並んで座る。
 そしてライツは隣の愛那に向かい、この国の成り立ちから話し始めた。
 一八六年前に今と同じように魔物が大量発生したこと。
 その時に救世主として異世界召喚されたロベリル・フォル・サージェルタが初代国王となったこと。
 異世界召喚は初代国王により禁止されたこと。
「その初代国王のロベリルさんは、私と同じ世界から来たんでしょうか?」
「いや。マナの世界には魔法がないのだろう? 彼が元いた世界には魔力も魔法もあったと云われているから違うだろう」
「そうですか。……私は、この世界に来てから自分の中に魔力があることに気づきました。召喚されたことで、違う生き物になってしまったような、そんな感じなんです」
 気落ちしたような愛那にライツが手を伸ばす。
「それは、不安だったろう? マナ」
 愛那の頭を心配な表情でライツが優しく撫でる。
(きゃあああああ!)
 愛那がボッと赤くなった。
 そんな好きな相手にみせるような愛那の反応にもライツは自惚れること無く微笑む。
「マナ。不安を感じることがあれば、一人で抱え込まずに全て俺に話をして欲しい。俺が駄目ならナチェルでもいい。だが、俺がこの世界で一番マナを愛しく思っていることは、忘れないでくれ」
「!」
(い、愛しく? 愛しくって!?)
 愛那の頭の中が正常に機能しない。
「あ! ほ……保護者、ですものね?」
「ああ」
(ですよね!)
 ライツにあっさり肯定された愛那は少し拍子抜けしながら、頬の熱が下がっていくことに安心して一息吐いた。

第77話 一番に知りたいこと

「初代国王の魔力量はこの世界の人間に比べかなり大きなものだった。だからその血を受け継いでいる王族の魔力も大きい。時が流れてその血も薄まり小さくなってきているとも云われているが、それでも現時点では平均より大きいのは確かだ」
「ライツ様も?」
 ライツが頷く。
「俺の父はルザハーツ家に婿入りした現国王の弟だから、父と兄もかなり大きい魔力を持っている。俺もこの大きな魔力量を生かし、ここ数年魔物討伐に時間を割いてきたが……。すまない、マナ」
「え?」
「長い間、魔物被害の報告を受け続け、王は初代国王が禁止した異世界召喚を決めた。俺を含めたこの世界の者たちの力が足りず、結果マナを巻き込んだ」
「ライツ様……」
「王と神官長には反省を促してきた。特にレディルは君にひどい言動をしたことを謝罪したいと言っていた」
「謝罪? あの人が?」
(神様の決めた運命の相手になんか、会いたくないのに)
「昨日のことをすぐに許す必要はない。だからマナをルザハーツ領へ連れて行く許可をもらってきた」
(あ、よかった)
 レディルに会わずにすんでホッとする愛那。
 そんな愛那を見つめながら、ライツはずっと不思議に思っていたことを口に出した。
「マナ。……マナはどうして、訊かないんだ?」
「え?」
「知っていて訊かないのか。知らなくて訊かないのか。マナの立場なら、一番に知りたいことだと思っていたんだが」
「……一番に?」
 首を傾げる愛那にライツは真面目な顔で頷き、意を決してそれを口に出した。
「元の世界に、戻れるのかどうか」

第78話 どうして

(元の世界に戻れるのかどうか?)
「それは……」
 静かな表情で愛那は呟くようにライツに問いかける。
「可能なんですか?」
 ライツが眉間に皺を寄せて「すまない」と答えた。
「……そうですか」
 愛那の感情をなくした受け答え。
 それがライツにはわからない。
 もっと、感情的に怒るなり悲しむなりするものだと思っていた。
「マナは、帰れないことを知っていたのか?」
「いいえ」
 首を振ってそう答えた愛那の両肩をライツが掴む。
 そしてそのまま引き寄せると、愛那の顔を覗き込んだ。
「えっ……」
 あまりにも間近にライツの顔があることに愛那が動揺を見せる。
「どうして……どうしてマナは、そんなに落ち着いていられるんだ?」
「どうしてって……」
「俺がマナの立場だったら冷静じゃいられない」
「そう……ですよね。でも、そういうものだと思っていたので」
「?」
 ライツの愛那に対する疑問が心配へと変わる。
 表情が豊かで心の中がわかりやすいといえる愛那が、この話題になってから何を考えているのかさっぱり見えてこない。
(帰れないという現実に、心が追い付いていないのか?)
 そう想像したら、ライツはたまらなくなって愛那の体を抱きしめた。
「えっ! ええっ!?」
 愛那が真っ赤になって慌てふためく。
「ちょっ……、ライツ様?」
 腕の中の温かな存在がうごめきながら戸惑いの声を上げる。
 それを聞いたライツが少しだけホッとした。
 いつもの愛那に戻った気がしたからだ。
「ごめん」
 そう言ってライツは力を緩め、そのままその手は愛那の黒髪を撫でた。

第79話 誤作動

 好きな人に抱きしめられた。
 その大きな手が優しく撫でてくれた。
 気遣ってくれることが嬉しくて。
 恥ずかしいけれど嬉しくて。
 だけど……。
(そっか。やっぱり帰れないんだ)
 愛那が知っている異世界もののアニメや漫画の主人公達も、最終回で元の世界に帰ることはなかった。
 だからといって、愛那が確実に帰れないかどうかはわからない。
 帰れるのか。帰れないのか。
 知るのが怖くて、口に出すのも怖くて、それを心の奥底にしまい込んで、見ないようにしていた。
 そして現実を知らされた今……。
 愛那の感情は凪いでいた。
(ごめんね、おじいちゃん、おばあちゃん)
 心配させてごめんなさい。
 今、あっちの世界はどうなっているんだろう?
 警察も動いて、いなくなった私のことを、探しているのだろうか? 
 あんな場所で鞄を落として消えて……誘拐? 家出?
 お母さん達も、学校の友達も、ごめん。
 もう会えないみたい。
 高校を卒業したら会えなくなるだろう未来に覚悟はしていたけれど、お別れは言いたかったな。
(あ~あ。勉強、頑張ったのに無駄になっちゃったなぁ)
(もう、部活でみんなと踊ることもないのかぁ)
(おじいちゃん、おばあちゃん。私のわがままで、一緒に住んでくれてありがとう)
「マナ」
「え?」
 ライツの指が愛那の頬に触れていた。
(あ、涙……)
 悲しいなんて感じていないのに、どうして涙が出ているのか、愛那は不思議だった。
(心と体の接続が誤作動を起こしてるのかな?)
 愛那はそう思って笑おうとしたが、結局うまく笑えなかった。

第80話 言ってる意味がわからない。

(……マナが泣いている)
 泣いている自分に気づいて、不思議そうな顔をして。
 ライツはもう一度愛那を引き寄せ、壊れ物を扱うように、ふわりと抱きしめた。
 今は一人ではないことを感じられるように。
 温もりだけ伝わればいい。
 そのまま二人は何も語らず、時間だけが過ぎて行った。

(……私、何をしてるんだろう?)
 ふと、我に返ったように愛那はそう思った。
(ライツ様に抱きしめられたこの状態で、どうして平気でいられたの私?)
「ラ、ライツ様……」
 そう名を呼ばれたライツは、心配そうに愛那の顔をのぞき込んでくる。
「マナ? 大丈夫か? 少しは落ち着いた?」
(落ち着きません!)
 ライツの声とその優しさに、愛那は冷静でいられない。
「ちょっとだけ、消えていいですか?」
「え?」
 突然突拍子のないことを言われたライツが驚いた表情を見せる。
(今私、絶対見せられない顔になってるから~! ちょっとだけ、消えろ消えろ消えろ消えて!)
「待て! マナ!」
 今度は強く抱きしめられた。
(ああああ!! しまった! 今日同じようなことがあった! 相手はナチェルさんで! え~っ? 私、消えると目の前の人に抱きしめられるの?)
「ライツ様? 私、逃げませんから……」
「逃げない? じゃあどうして……何故、姿を消すんだ? マナ」
(何故って、好きな人に変な顔を見せられないからです! ……なんて言えない~)
「そっ」
「そ?」

「そういう年頃なんです!」

「…………言ってる意味がわからない」
 そう言ってライツは愛那を抱きしめる腕を強くした。
(うわ〰〰〰〰ん!!)

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