ごめんなさい。俺の運命の恋人が超絶お怒りです。1(61話~70話)

小説
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第61話 ご褒美が過ぎる。

(そう。ライツ様の声って、ちょっと低音で、甘くて、優しくって……本当に桂木様とそっくりで、びっくりしたんだよね)
 桂木孝貴。
 37歳。
 職業は声優である。
 愛那の言う初恋とは、愛那が小学生の頃大好きだったテレビアニメ『魔法戦士ラビュラルエンジェル』に登場する青年である。
 主人公の兄の友人であるその青年は、主人公が落ち込んだり困ったりした時に優しく慰めて、助言をくれる頼もしいキャラクターで、主人公はその青年に恋心を持っている設定だった。
 そして、愛那もその青年に恋をした。
 愛那の初恋である。
 しかし、その最終回。
 主人公と結ばれたのはクラスメイトの俺様少年。
 当時小学生だった愛那は、エンディング曲が終わったテレビの前で「制作者のバカ────ッ!!」と泣き叫んだ。
 その青年の声を担当していたのが桂木孝貴である。
 愛那はその時から桂木孝貴という声優を意識していたわけではない。
 一年ほど前、たまたま観ていた旅番組のナレーションの声に「何故か気になる。絶対聞き覚えがある、この素敵な声……」と調べてみたら、あの青年の声を当てていた人だと気づき、運命を感じたのである。
 彼は学生時代の同級生と結婚しており、二人の娘さんのパパでもある。
 雑誌のインタビューを読んで、家族を大切にしている素敵な旦那様だということも愛那のツボをついて大好きになった。

 と、いうわけである。
 もちろん、愛那は実際に会ったことはない。
(そうだ! 昨日こっちの世界に来たから、毎週楽しみにしてる桂木様がナレーションの旅番組が観られなかったんだ! もう! 何で水曜日に異世界召喚なんかするかな!?)
 的外れな怒りを心の中で訴える愛那。
(だけど、この世界のライツ様の存在は私にとって、ご褒美が過ぎる……)
 声だけでなく、外見も性格も卑怯なくらい格好いい。
 頬を赤くした愛那はうつむいて顔を隠した。

第62話 運命の相手

 ライツのことを思い出し、顔を赤くしてうつむいた愛那。
 それを見ていたナチュレとモランは、きっと好きな人のことを思い出しているのだろうと勘違いしていた。
(ということは、マナ様はその好きな人と引き離されて、この世界に召喚されてしまったということ。……不安でお辛いでしょうに、私たちの前ではそんな素振りを見せたりしないで……なんていじらしい)
 ナチュレが愛那のことを、よりいっそう強い気持ちで護衛としてお守りしようと心に誓う。
 その横で、モランはどうにかして愛那の気持ちをライツへ向けさせることは出来ないかと考えていた。
 愛那の様子からライツに対してかなり好印象を持っていることは見て取れる。
 実際、好きだとも言ってくれた。
 それは好きな人と声がそっくりだからという理由だけではないはずだ。
 もともとライツは女性からモテる。
 しかしずっとライツが女性を相手にするのを見たことがなかった。
 そのライツの愛那も見るあの甘い表情。
 側近として、どうにかしようと口を開く。
「そうですか。声がライツ様とそっくりだと……。なんかそれって、マナ様とライツ様との間に、運命的な何かを感じますね」
 モランが笑顔を作ってそう言うと、愛那がスッと、表情を無くした。
 それを見たモランが焦って声をかける。
「えっ? ど、どうかなさいましたか?」
(俺、今何かまずいことを言っただろうか?)
「運命?」
 感情のない愛那のその声音に二人が驚く。
「……そうですね。運命の相手がライツ様ならよかったのに」
「は?」
「え?」

第63話 残念ながら。

「運命の相手? それは、どういう意味でしょうか?」
 ナチェルがそう尋ねると、愛那は小さく首を傾げた。
「お二人は、私が昨日召喚された神殿でのこと、知っていますか?」
 愛那の問いにナチェルが答える。
「私が耳にしたのは、城の神殿で異世界召喚が行われ、召喚された黒髪の少女が行方不明になったと、それだけです」
「俺は救世主様が城から姿を消したのは、レディル王太子殿下の暴言が原因だろうという話を聞きました」
「暴言?」
 ナチェルが眉を顰める。
「それじゃあ、神託のことは聞いていないんですね?」
「神託?」
「神官長が神託が下ったと、その内容を話していました」
「一体どのような?」
「私の運命の相手が、その王太子殿下だと言っていました」
 愛那が表情を消したままそう話す。
「えっ!?」
「マナ様の運命の相手がですか!?」
「正確には、【運命の恋人】だと言っていました。なんでも、二人の力を合わせれば、魔物を討伐することが容易いと、そんなことを」
 二人が愕然とした面持ちで口を開く。
「マナ様とレディル殿下が?」
「本当ですか? 聞き間違いとかじゃ……」
「残念ながら」
 愛那のはっきりとした答えに、モランは頭に手をやり思考を巡らす。
(ちょっと待て。もしそうなのだとしたら、話が違ってくるぞ? ライツ様は神託の内容を聞いているはずだ。ということは、ライツ様のマナ様への想いは、恋ではなく、妹を愛おしむような、そんな感情だったのか?)

第64話 神様なんか、大嫌い。

 運命という言葉を聞いて、愛那は急に現実に引き戻された気分になった。
 ライツの存在が現実を忘れさせていた。
 神託。
 つまり、この世界の神様が決めた愛那の運命の恋人は、あのレディルという王太子なのだ。
 ライツではなく。
「あの王太子には婚約者さんがいると聞きました」
「はい、そうです。ルーシェ・アレンジア公爵令嬢。年齢も私達と同じで、先程話した生徒会で、副会長をされていました」
「え?」
 ナチェルが教えてくれた内容に愛那が動揺する。
(それじゃあ、ライツ様が会長で、そのルーシェさんが副会長? そっか。ライツ様と王太子とその婚約者さんの三人は、子供の頃からの付き合いだってライツ様、言っていたっけ)
 昨日の噴水広場でライツは、容姿のことで神経質になった愛那の気持ちを気遣って、優しい言葉をかけてくれた。
 あの時ライツが取り除いてくれた不安な感情が、再び愛那の中に生まれていた。
 まだ実際に会ったことはないけれど、ルーシェという公爵令嬢はとても綺麗な人なのだろう。
 比べられたくない相手。そんな人が、ライツの身近にいるのだ。
(すごく、可愛い)
 昨日、そう言って優しく頭を撫でてくれたライツを思い出し、愛那は泣きたくなった。
(ライツ様が私に優しいのは、救世主だから?)
 そう、なのかな? だって私はあなたの運命の相手じゃない。
 あなたのいとこが神様が決めた私の運命の恋人なんだもの。
 馬鹿みたい。
(神様なんか、大嫌い)

第65話 話の整理をさせていただきたい。

「マナ様申し訳ありません。驚いてしまい……。話の整理をさせていただきたいのですが」
 ナチェルへ顔を向けた愛那が「はい」と頷く。
「マナ様は昨日、城の神殿で行われた異世界召喚によってこちらの世界に来られた」
 愛那が頷く。
「そこで神託が下され神官長によって伝えられた。それがマナ様とレディル王太子が【運命の恋人】同士であり、二人の力を合わせれば魔物を討伐することは容易いという内容だった」
 愛那がまた頷き、口を開く。
「だけどあの人は愛する婚約者がいるからと、ひどく私のことを嫌がっていました。婚約破棄など絶対にしないと言って……」
 ナチェルとモランには、そう言うだろうレディルを易々と想像ができて何ともいえない表情をする。
 しかし、だからといって……。
「それで、レディル殿下が救世主であるマナ様に対し、暴言を?」
 愛那が口を閉ざす。
 なので暴言の内容はわからない。
 だがそれが愛那を傷つけ、レディルに対して激怒しているのだと、二人は理解した。
「その後あそこにいた全員が嫌がる王太子を説得しようと騒ぎになったんです。あの時私、召喚されてから誰からも一言も声をかけられないまま無視され続けていたので、いいかげん腹が立って」
「ですよね」
 モランがそう相づちを打つ。
(何やってんだあの王太子は……)
「私が逃げ出したら困るだろうな、と思って。透明人間になって逃げ出せたらいいなって思ったら、出来ちゃったので、そのまま逃げました」
 そこでようやく愛那が「えへへ」と笑顔を見せた。
「で、できちゃいましたか」
「マナ様……」

第66話 まさかこんなことになるとは……。

「ライツ様は私の保護者だと言っていました。神様が決めた保護者だと」
「……だとしたら、それも神託でしょうか?」
「わかりません。……けどライツ様が直接神様と話せないのなら、そうなんでしょうね」
「昨日俺達がマナ様を探しに出る前、ライツ様は【索敵】を使えば行方不明の少女の居場所がわかるそうだと、どなたかに訊いたようにそう言っていました」
「索敵?」
 モランの話の中の、聞き慣れない言葉に愛那が引っかかる。
 それに答えたのはナチェルだ。
「【索敵】は、本来魔物討伐の際に使用される魔法です。近くにいる魔物や人間の居場所がわかるんです」
「あ~。それでライツ様は姿が見えない私の居場所がわかったんですね」
 そうだったのか、と納得する愛那。
 そこでモランがおずおずと愛那の機嫌を伺いながら話し出す。
「あの、レディル王太子はライツ様のいとこであり、弟のように思っていると以前そう話されていましたので、マナ様に対し大変申し訳なく思っているのだと思います」
「そう……みたいですね。身内のようなものだからと、謝って下さいました」
 そう言った愛那の表情を見て、モランは溜め息を吐きたくなった。
 レディルのことが話題になると、どうしても愛那の表情が硬くなる。
【運命の恋人】同士だというのに、このままではまずいことはわかりきっている。
 魔物の異常発生から救ってくれることを期待して、異世界から召喚された救世主様。
 この国を救うためにも、レディルとの仲を……。
 どうにかしてお二人を和解させなければ。
 そう考えながらも、モランは少しだけレディルに同情をしていた。
(王太子としてしっかりしてくれと言いたいところだが、しかし、レディル殿下の気持ちもわかる。マナ様への暴言がどういったものかはわからないが、あの方は幼い頃からルーシェ嬢一筋だったからなぁ……。一年前、あの二人の婚約がようやく決まった時は、ライツ様と一緒になって喜んだものだ。それなのに、まさかこんなことになるとは……)

第67話 我が儘

「マナ様」
 考え込んでいた様子のナチェルが、顔を上げ問いかける。
「マナ様が望んでいることを教えて下さいますか?」
「……望んでること?」
「何でも良いのです。たとえば今マナ様は、レディル王太子に会いたくないと、そう思っているはずです」 
 ナチェルの言葉に愛那が戸惑いながらも頷く。
 その頷いた愛那を見て、ナチェルが優しく微笑んだ。
「そういったことでいいのです。私はマナ様の正直な、本当の気持ちが知りたい。知った上であなた様のお力になりたいのです。もちろん私ではお力になれないこともあると思います。ですが、お一人で気持ちを抱え込んだりしないで下さい。ライツ様がマナ様の保護者なら、私のことも同じように信頼して欲しいのです」
(理不尽な現状にいながら、私達に笑顔を見せてくれるマナ様のお力になりたい)
「マナ様は、我が儘だって、もっと言っていいんですよ?」
「私……私は」
 ナチェルに促された愛那が口を開き、心の内を語り出す。 
「あの王子……王太子とのことは、考えたくない。忘れたい」
「わかりました。あの方のことは口にしないようにいたします」
「その上で、魔法のことや魔物のこと、この世界のことが知りたいです」
「わかりました。いくらでもお教えいたします」
「そして、魔物の討伐はあの王太子と一緒じゃなくても出来ると証明したい」
「え?」
「私は、神様に喧嘩を売りたいです!」

第68話 結ばれ?

(神様に、喧嘩を売りたい?)
 ナチェルとモランがポカンとした表情で愛那を見た。
 その愛那は拳を握りしめ、決意した強い眼差しでナチェルを見つめ返している。
「めちゃくちゃな我が儘だって自覚してます! だけど……」
(負けたくない!)
 愛那の中の感情が高ぶりだす。
 そうよ……。
 神様が言ったからって「はいそうですか」なんて、素直に受け入れたりするもんですか!
 だって、何で好きでもない人と恋人同士になんてならなきゃいけないの!!
 神様の馬鹿!!
 運命って何よ!?
 ふざけたこと軽々しく言わないで!!
 こうなったら、全力で抗ってやる!!
 だいたい、よく考えればあの王太子だって可哀想な人よね。
 あんなに愛している婚約者とよってたかって別れさせられようとしているのだから。
 暴言に関しては絶対に許さないけれど! (それとこれとは話が別!)
 神様相手だって、私は負けない!
 あれ? ……そうだ。
 今のこの感情、覚えがある。
 あの時に似てる。
 子供の頃に観たあのアニメの最終回。
 当時の私は主人公が私の初恋の青年と結ばれなかった結末に呆然とし、制作者に対する怒りを叫んだ。
 あのアニメの神は制作者だ。
 あの時の私は負けた。
 どうしようもなかった。
 ただの一視聴者である私に戦う術はなかった。
(だけど……)
 今の私は違う。
 神に喧嘩を売られたんだ。
 買ってやる。
 私は戦う!
 そして、今度こそ私の大好きな人と結ばれ……。
 結ばれ?
(あれ?)
 そこで愛那の高ぶった感情が急激に冷めた。
 次に襲ってきたのは激しい羞恥。
 カアァァッと、頬が熱くなる。
(恥ずかしい! 今、自覚した。……私、ライツ様のことが、好きなんだ)

第69話 抱きしめられた

「マナ様!?」
 ナチェルが立ち上がる。
「お待ち下さい! 何故姿を消そうとしているのですか!?」
 ナチェルとモランの目の前で、愛那の姿が透明になって消えようとしていた。
「ごめんなさい~! ちょっと消えさせて下さい~!」
(恥ずかしい~! 穴があったら入りたいとはこのことね!! あはははは! 穴が、穴がないから消えちゃおう! なんて便利な私の魔法!!)
 羞恥で熱くなった顔を両手で隠しながら愛那の姿が完全に消える。
「マナ様!」
 慌てて愛那の隣へ滑り込むように座ったナチェルが、手を広げて見えなくなった愛那の体を抱きしめる。
「えっ? ナチェルさん?」
 抱きしめられた愛那が戸惑いの声を上げると、ナチェルは「ご無礼をお許し下さい」と言った。
「しかし、姿を消したマナ様を探す術は私にはありません。こうしていないと不安で……」
(そうだ。マナ様が本気で逃げてしまったとしたら、ライツ様しか見つけ出すことが出来ないということだ)
 もしそんな状況になったらと想像し、ナチェルは腕の中の愛那を強く抱きしめた。
 その抱きしめられた愛那はビックリして先ほどまでの羞恥を忘れていた。
「えっと、不安にさせてごめんなさい! すぐに元に戻ります!」
 そうして愛那がその姿を徐々に現したその時、ガチャと音を立て、部屋の扉が開いた。
「!?」
 そこに立っていたのは城から戻ってきたばかりのライツとハリアス。
 ライツは、ナチェルに抱きしめられている愛那の姿にしばらく呆然とした後、首を傾げ、ぎこちない笑顔を見せ問いかけた。
「…………ただいま、マナ。何を、しているんだ?」

第70話 恋という感情

 ライツのぎこちない笑顔の胸の内は(マナがどうして俺以外の腕の中にいるんだ?)だった。
(冷静になれ、俺……)
 相手はナチェル。
 女性同士が抱き合っていたからと嫉妬するのは違う。
 相手が男ならすぐに引き離してやるが……。
 部屋の中にいた三人はライツへと視線を向けたまま固まったように体勢を崩さない。
(……一体どういう状況なんだ?)
「マナ?」
 ライツがもう一度呼びかけると、愛那はハッとしたように身じろいだ。
「ナチェルさん」
 愛那に呼ばれたナチェルが腕の力を緩める。
 しかし緩めただけで、愛那の体に触れたままナチェルはライツへ発言する。
「ライツ様。大変申し訳ありませんが、マナ様と二人きりでお話したいことがあるのです。少しだけ席を外してよろしいでしょうか?」
「え?」
 驚いた愛那がそう声を漏らす。
「話? 二人きりで?」
(駄目だ。ここで正直に嫌だと言うのは、心が狭過ぎるだろう)
 微笑みを浮かべたままライツは自分を戒める。
「はい。どうしても今、必要なことなのです」
 真面目なナチェルの表情に、ライツは「わかった」と言って頷く。
「ありがとうございます」
 ナチェルが軽く頭を下げ、愛那を促しながら立ち上がる。
 そしてライツが見守る中、二人は並んでこの部屋を出て行った。
「…………」
(笑顔が引きつってますよ、ライツ様) 
 ライツの様子をずっと観察していたハリアスが心の中でツッコむ。
(しかし、神の定めた運命の恋人同士だというのに、なかなか面白い反応をされるものだ)
 恋という感情に振り回されるライツなど、ハリアスは過去一度も見たことがない。
 肩を揺らしてハリアスは忍び笑いを漏らした。
(本当に、リオルート様に報告するのが楽しみだな)

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