ごめんなさい。俺の運命の恋人が超絶お怒りです。1(41話~50話)

小説
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第41話 いえ。救世主様はここにいます。

 扉のノック音。
「モランです」
「入れ」
 ライツが握っていた愛那の手をそっと離す。
 開いた扉からモランと騎士姿の女。
「お呼びとのことですが」
「ああ。ナチェル。大事な話がある。そこに座ってくれ」
 ライツの言葉通りにナチェルは「失礼します」と言って正面のソファへと座った。
 モランはハリアスの隣へ並ぶ。
(うわあ、女騎士様だ! クリーム色の髪にベージュの瞳。キリッとした美人さんだぁ)
 初対面に緊張する愛那だが、その対面相手はもちろん愛那には気づいていない。
「まず、今日城の神殿で異世界召喚が行われた」
「はい。影から聞いております。救世主様が行方不明となり、城中が大騒ぎだったとか」
(……影って何!? 隠密のこと!?)
 愛那はそう訊いてみたいが、我慢して口の前に指でバッテンを作る。
「そうだ。そこで俺が救世主様の捜索を任された」
「そのライツ様がここにいらっしゃるということは、救世主様が見つかったということですか?」
「ああ」
「では、今救世主様はお城に?」
(いえ。救世主様はここにいます)
 バッテンを作ったままの愛那。
「いや……」
 ライツの返答にナチェルが首を傾ける。
「どういうことでしょうか?」
「うん……」
 そこで会話を途切れさせる扉のノック音。
「軽食をお持ちしました」
「ああ、ありがとう。モラン、扉を」
「はい」
 モランが扉を開いて召し使いを招き入れる。
 ワゴンに乗せられた飲み物とサンドイッチ。
 それがライツの目の前のテーブルへと置かれる。
 召し使いが一礼して部屋から去ると、ライツは置かれた飲み物とサンドイッチの皿を横へとずらした。
「?」
 ナチェルの怪訝そうな顔。
「ナチェル。驚かせてすまないと先に言っておく」
「は?」
 ライツはそう断ってから隣の愛那へと声をかける。
「マナ、食べてくれ。君の口に合うといいが」

第42話 私の保護者様の笑顔が甘いです。

(えっと……。確かに、お腹は空いてるし、空いていたんだけど! この状況で?)
 愛那はライツの無茶振りに固まる。
 室内の男三名の視線が愛那へと集まっている。
 戸惑いつつもナチェルは黙ったまま、ライツが話しかけた誰もいないはずの空間に目を向けている。
(うん。これはナチェルさんに、私がここにいることを知らせるため、必要なことなんだよね。では!)
「い、いただきます」
 その声にナチェルの目が丸くなる。
(わあ、美人騎士様のびっくり顔いただきましたぁ)
 愛那がサンドイッチを取り胸元へと持ってくる。
(あれ? これ皆さんの目にどう見えてるんだろう?)
「これ、どう見えてます?」
 手にしたサンドイッチを揺らしながら質問してみた。
「うん。宙に浮いて見えるよ」
 ライツが答える。
「なるほど……じゃあ」
 パクッ
 一口食べてみた。
(こ、これは……! 柔らかなパンと、マヨネーズをベースとしたソースの中にベーコンの旨味。ふわっとした卵とシャキッとしたレタス。異世界の食べ物なのに馴染みのある味で問題なく食べられる!)
「マナ、口に合わないなら遠慮無く言ってくれ。違う物を用意させるから」
 愛那は口の中の物を味わってから、ごっくんと飲み込んで笑顔で答える。
「とてもおいしいです!」
「そうか。それは俺好みのものだから、マナとは食の好みが合うということだろうか? だとしたら嬉しいな」
 ライツがその言葉通り嬉しそうに笑う。
(……なんだか私の保護者様の笑顔が甘いです)
 頬が熱くなり、フルフルと震える愛那。
 それを見ていた他の三人は驚愕の表情を浮かべていた。

第43話 魔法を解けば分かる。

 ライツの笑顔を甘く感じたのは愛那だけではなかった。
 ここにいるライツに使える三人もその甘さに愕然としていた。
(あのライツ様が……。リオルート様にお伝えしたらどのようなお顔をされるだろうか)
(嘘だろ。この人、こんな表情出来たんだな)
(どんな女性に対しても、一定の距離を保たれていたこの方が……)
 ナチェルの目の前で今度はコップが宙に浮く。
 浮いたコップが傾いて、柑橘系のジュースが消えてゆく。
 常に冷静であれという信念を心の中で唱え、気持ちを落ち着かせたナチェルがライツへと声をかける。
「ライツ様」
「ああ」
「そちらにおられるのが、救世主様なのですね?」
「そうだ」
「あの!」
 コップがテーブルへと戻される。
「マナ・サトウエです! よろしくお願いします!」
「ルザハーツ騎士団、ナチェル・ミューラです。救世主様にご挨拶できることを光栄に思います」
 右手を胸に当て、一礼するナチェル。
(ひあぁ、女騎士様、やっぱりかっこいい~!)
「ナチェル。この通りマナは透過のスキルを持っている」
「透過のスキル? では、お姿の見えない今の状態が本来のものでないということですね?」
「その通りだ。この魔法を解いてもらおうと思ったんだが、問題が生じてな」
「問題? どのような?」
「それは……マナが魔法を解けば分かる」
「?」
「マナの透過スキルに関して、ここにいる者以外に知られないように。ナチェルには、マナの護衛と身の回りの世話を頼みたい」
「承りました」
「では、さっそくだが、マナの着替えを頼む」

第44話 そう呼んで欲しい

 別邸の一室に衣装部屋があり、そこへ移動した愛那とナチェル。
 男性陣はその部屋の前で待機している。
「それでは救世主様、お姿をお見せ頂けますか?」
 そうナチェルに言われた愛那は、魔法を解く前に言ってみた。
「あの……。その救世主様と呼ばれると、なんだか落ち着かないので止めてもらっていいですか?」
「わかりました。では、マナ様とお呼びいたします」
「様もちょっと……。呼び捨てで構いませんので」
「いえ。救世主様に対しそれは出来ません。お許し下さい」
 頭を下げてお許し下さいとまで言われると、愛那はそれ以上強要することは出来ない。
「わかりました。では、それで……」
「わたしのことはナチェルと、そのままお呼び下さい」
「……えっと、私のいた国では平民とか貴族とか、そういった階級的なものはほとんどなくて、年上の方を呼び捨てにするのはとても失礼に感じてしまうんです。なので、ナチェルさんと呼ばせていただいてもいいですか?」
「マナ様……」
 ナチェルは救世主である少女の願いに躊躇したが、すぐに微笑んでみせた。
「わかりました。そのようにお呼び下さい」
 そう伝えると、見えないのに笑顔が想像できる「ありがとうございます!」という嬉しそうな声が上がった。
(可愛らしいお方)
 ナチェルは愛那に好感を抱きながらも、救世主という偉大な初代国王のイメージとあまりに違うことに戸惑う。
「では、魔法を解きます!」
「はい」
 そうしてナチェルの目の前で、救世主の少女が徐々にその姿を現し始めた。

第45話 二人きりにしてくれ。

 扉が開き、待機していたライツ達が顔を向ける。
 部屋から出てきたナチェルが扉を閉めた。
「お待たせいたしました。ライツ様」
「着替え終わったか」
「はい。とりあえず衣装部屋にあった服から選んでいただきました。マナ様の体のサイズを測らせていただきましたので、新しい衣装は明日ご用意いたします」
「頼む」
「それと」
 ライツへ向けるナチェルの眼光がやや鋭くなる。
「ライツ様のおっしゃっていた『魔法を解けば分かる』についてですが」
「あぁ」
「驚きました」
「だろうな」
「見たんですか?」
「!」
 ナチェルの問いにライツは顔を赤くして答える。
「少しだけだ! 気づいてすぐに目をそらした!」
「……わたしは救世主でいらっしゃるマナ様を、護衛として全力でお守りしようと思います」
「……頼もしいな。マナのことは俺が一番に守るつもりでいるが、異性だから気づいてやれないこともあるだろう。その時はフォローを頼む」
「……お可愛らしい方なので、その異性からもお守りしたいと思っているのですが」
「……マナは、可愛いのか」
(ライツ様。ナチェルが今伝えたかったのはそこじゃありません)
 無言で見守っていたモランが心の中でツッコむ。
「あ、いや。マナは可愛いだろう? 見えなくても俺は本当に姿形関係なくそう思っているんだ。だが、マナが……」
 そこで口を閉ざしたライツが表情を引き締め、愛那のいる部屋の方へと歩き出した。
 扉の前で足を止め、三人へと振り返るライツ。
「お前達はここで待て。二人きりにしてくれ」
「ライツ様!」
 ナチェルが声を上げる。
 この世界の常識として、年頃の男女が部屋に二人きりになるというのはありえないことだ。
 ナチェルは異性からも守ると伝えたばかりで、ライツがこのようなことを言ってくるとは思わなかった。
「今回だけは見逃してくれ。……俺は、絶対にマナの嫌がることはしない」
 そう言い残し、ライツは扉を開けてその向こう側へと消えた。

第46話 少しだけでもいいから。

 一人部屋に残された愛那は鏡の前に立ちドキドキしていた。
(私、変じゃないかな?)
 ナチェルに選んでいいと言われクローゼットの中から愛那が手に取ったのは、アイボリーホワイトのワンピースに藍色の刺繍が施されたものだった。
 キラキラした石の付いたものや、レース付きのものは避けて、比較的おとなしめのものを選んだ。
 このワンピースの丈の長さは膝下二十センチ。
 愛那が着ていた制服のスカートは膝上十センチ。
 透過の魔法を解いた時、足の露出具合にナチェルにも驚かれてしまったが、これならライツも目を背けることなく向き合ってくれるだろう。
(それと、名前……。ライツ様、でいいよね? 名前を呼ぶ機会がなかったとはいえ、呼び方に悩んで無意識に避けてた。こっちはたくさんマナって呼んでもらっているのに……)
 愛那は鏡に映る自分へと手を伸ばす。
(あの人に、少しだけでもいいから、可愛いって思われたいな……)
 そこに扉が開かれる音。
 愛那がビクッと体を震わせた。
「マナ?」
 ライツが一人部屋へと入って来る。
 愛那が立っているすぐ横には衝立が置かれてあって、その姿は見えない。
(こ、これは……。どうしたらいいんだろう? 衝立からジャーン! って、思い切って出て行けばいいの?)
「あっ、あのっ!」
 愛那はあわあわとなりながら、(それは無理!)と、とりあえず衝立の端を掴んだ。
 そして、そろそろと顔だけを出す。
 すると、扉の前に立つライツと目が合った。
 ライツがびっくりした目でこちらを見ている。
「あっ……改めまして、里上愛那です。よろしく、お願いします。……ライツ様?」
(ひゃああん! なんかすっごく恥ずかしいいぃ……)

第47話 あぁ、神様……。

「あっ……改めまして、里上愛那です。よろしく、お願いします。……ライツ様?」
 黒髪の少女がこちらを見つめながらそう言った。
(あぁ、神様……。ありがとうございます)
 ライツが神に感謝の言葉を捧げる。
(探し続けた俺の運命の恋人が……超絶に可愛過ぎるッ!)
 歯を食いしばり、叫びたい衝動に耐えながら、ライツは溢れ出る感情に翻弄されていた。
(何故? 何で衝立からぴょっこり顔だけ出しているんだマナ!? 可愛いな! ああ、もう、俺の運命が本当にかわいい。マナは普通だと主張していたが、確かに美人ではない。美人ではなく可愛いだろうこれは! 大きな瞳をゆらしながら、不安そうに、恥ずかしそうにこちらを見ているその表情。あぁ、もう! ただただかわいい。しかも、このタイミングで初めてマナが俺の名を呼んでくれた。「ライツ様?」って何だ? 何で疑問系なんだ? マナは俺をどうしたいんだ? ああ、愛しい。これが愛しいということか。レディルと同じで、やはり俺にも一人の女性のみを愛し続けたという、初代国王の血が流れていたんだな……)
「あ、あの……」
 愛那の声にハッとライツが我に返る。
(しまった! 表情を固まらせ、黙ったままで……。また、マナを不安にさせてしまっただろうか?)
 ライツは慌ててツカツカと愛那の方へと歩み寄る。
 手を伸ばせば触れられるところで立ち止まると、おどおどしている愛那がライツを見上げた。
「マナ」
 見つめ合う視線。
 ライツが愛那に微笑んで見せる。
「マナ」
 もう一度名を呼んだ。
「……はい」
 愛那はそう答えて、おずおずと衝立からその姿を現した。
(ああ……)
「すごく、可愛い」
 そう言って、ライツは手を伸ばし、愛那の頭を優しく撫でた。

第48話 夢じゃなかった

 愛那の目がゆっくりと開かれる。
「……」
 ぼーっとしながら小さく呟く。
「やっぱり夢……」
 寝る前と同じ天井。
「…………じゃ、なかった」
 大きなベッドの中で寝返りを打つ。
(そうかぁ。夢じゃなかったんだ……)
『マナ』
 ライツの笑顔と愛那の名を呼ぶその声。
 思い出して頬が熱くなる。
(私に都合のいい、夢じゃなかったんだ……)

 昨日、あれから愛那は、ライツと、ハリアス、モラン、ナチェルも一緒に夕食を食べた。
 やはりというか、お箸じゃなかった。
 ナイフ、フォーク、スプーンを使うコース料理だった。
 とても美味しかったけれど、もしかしてこれから先、お米や味噌汁、味付けのりにお新香に納豆、卵かけご飯! 他にも、当たり前に食べていたものが食べられなくなるのかと思うと、愛那はすごく切なくなった。
 この世界の食について、いろいろ知りたい……。
 だが、昨夜それよりも愛那に衝撃を与えたことがあった。
(この世界には、おトイレがない!?)
 食べたものは全て体の中でエネルギー変換されるらしい。
 確かに愛那はこの世界に来てトイレに行きたいと思わなかった。
 お風呂もない。
 この世界の人間は当たり前に浄化魔法が使える。
 そういった生活する上で必要な魔力は誰しもが持っているらしい。
 魔法使いと呼ばれるのは、特別な魔法が使えるくらい大きな魔力を持つ者のことだそうだ。
 魔力。
 愛那は自分の中にそれを感じることが出来る。
(お母さん。愛那は異世界に来て、違う生物になってしまったようです)

第49話 可愛い17歳の女の子

 早朝、ハリアスと共に登城するライツの姿があった。
 救世主の捜索を任されていたライツ。
 愛那を保護したことは、昨日の内に国王へと使いを出し報告していた。
 そして、詳しい話は明日自ら報告に上がると伝えていたのだ。
 内密の話となるため二人が案内されたのは、昨日ライツと国王が使った応接室という名の密談部屋だ。
「来たか、ライツ! 昨日は無事保護したという知らせをきいて、どれほど安心したか! 流石だな。よくやった! それで? 救世主様はどちらに?」
 部屋に入ってきたライツを一目見て、国王は挨拶抜きでそう訊いてきた。
 先触れを出していたので、すでに部屋の中には国王と王太子、神官長が待ち構えていた。
 座ったままの三人に対し、ライツは立ったまま答える。
「我がルザハーツの屋敷の別邸です」
「何故連れて来なかった!?」
「城には行きたくないそうです。何故か、などと、訊かないで下さいよ?」
 笑顔なのに目が笑っていないライツ。
 心当たりのありすぎる三人はそっと目をそらす。
「……城には行きたくない、ですか。困りましたね」
 神官長が頭を押さえて言うと、国王がライツへと再び問う。
「救世主様は……あの少女は、どんな方なのだ? 昨日、どうやってこの城から消えていなくなった?」
「どんな? と訊かれれば、名をマナという、可愛い、17歳の女の子ですよ」
〝可愛い〟のところで、ライツはレディルを冷たい目で見て言った。
「どうやってこの城から抜けだしたのかまではわかりません」
 嘘である。
 愛那が持つ、透過のスキルのことを、ライツはこの三人にも教えるつもりはなかった。

第50話 どちらが強いのか。

「それより、ライツ。昨日お前が話していたことだが……」
 レディルがライツに向かい、真剣な顔で問う。
「神託の相手が俺ではないと、証明できるのか?」
 国王と神官長の表情が怪訝なものになる。
「どういうことだ?」
「神託の相手……つまり、この国で一番【強き者】の【運命の恋人】である。という、神託の【強き者】が、レディル王太子殿下ではないと?」
 三人の視線を受けてライツが口を開く。
「よく考えて下さい。俺とレディルのどちらが強いのか。決闘で答えを出したのは一年前。そしてこの一年、俺はほぼ毎日、魔物討伐に明け暮れていたんですよ? それに対しレディルは王太子となり、城の中で次期国王としての仕事と勉強に時間を取られ、鍛錬する時間も限られていた。違いますか?」
「確かにそうだが……」
「証明しろというのであれば、また勝負してもいい。しかし、やるとしたら内密に。もし俺が勝った場合、黙っていない者も出て来るでしょうから」
(せっかくこの問題は、一年前に決着をつけたというのに)
「何度も言ってきましたが、俺は王となることを望んでいません。レディルこそ次期国王に相応しいと思っております。そして、レディルにはルーシェが必要だ」
「ライツ……」
 レディルが感動した目でライツを見つめている。
(まったく……)
 ライツは溜め息を吐きたい気分で遠い昔のことを思い出していた。

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