ごめんなさい。俺の運命の恋人が超絶お怒りです。1(51話~60話)

小説
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第51話 ある日の午後

 王族は6歳になると本格的な教育が始まる。
 レディルが6歳になった時もそうだった。
 歴史、地理、礼儀作法、魔法、魔術、剣技、ダンスなど。
 その専門の高名な教師が城に集められた。
 それと同時に、王子であるレディルの学友として選ばれたのが、ライツとルーシェだ。
 公爵家の子供ということと、一つ年上であったが、年齢が近いというのがその理由だった。
 ライツは家族の住む領地から離れ、城下町の屋敷、その別邸で城に通いながらの生活が始まった。
 この当時、レディルは小さかった。
 一つ年齢の差があるにしても、ライツの肩の高さにも届かない身長だった。
 性格は素直で真面目で一生懸命。
 いとこということもあり、ライツはそんなレディルを弟のように可愛がって、面倒を見ていた。
 レディルがルーシェに一目惚れしたのも気づいていた。
 恋するレディルは見ていて微笑ましく、ライツはからかったりせず、黙って見守っていたのだが……。

 ある日の午後。
 その日は天気がよかったので休憩のお茶の場所を庭園でと決められていた。
 三人それぞれその日の予定時間が組まれており、同じ授業を受けることもあれば、違う場合もあった。
 この時は三人とも別々に時間を過ごしていて、休憩時間になったら集まることになっていた。
 しかし時間になっても現れないレディル。
 少し遅れるとの報告があったので、ライツはレディルが来るまでの時間を剣の鍛錬に当てた。
 テーブルセッティングされた場所のすぐ近くで剣を振るライツ。
 そんなライツを、ルーシェは椅子に座り、待ちながら見つめていた。
 そうして、しばらくしてレディルが姿を現した。
 その小さな手に、真っ赤な一輪の薔薇を握りしめて。

第52話 落とされた赤い薔薇

 ライツは剣を振るのを止めた。
 真っ赤な薔薇を見て、今から何が行われるか察した。
 真剣な顔で小さな王子が進むその先には公爵令嬢がいる。
 ここにいる者達。
 ライツも護衛の騎士や侍女、召し使い達全員がレディルのことを固唾を呑んで見守っていた。
(がんばれ! レディル!)
(王子!)
(レディル殿下!)
 レディルの恋は皆にバレバレであった。
 そして、レディルがルーシェの前に立つ。
 ルーシェは落ち着いた表情を変えず、レディルを見つめている。
 緊張しているレディルが差し出した薔薇は、震えて大きく揺れていた。
「ルーシェ! ……ぼ……ぼくの、こんやくしゃになってください!」
 勇気を振り絞って言ったであろうレディルに、皆は「よく頑張った!」というような表情で見守り続ける。
 そして、王子に婚約を申し込まれた公爵令嬢は……。
「レディルさま。わたくし、しょうらいはこの国の次の王様とけっこんして、王妃となるべく、べんきょうしておりますのよ」
「!」
 レディルの顔がパアッと輝いた。
 次の王様というのは自分のことだと思っていたからだ。
 しかし。
「わが国では、しょだい国王さまのように、いちばん強い魔力をもつ方が、王にふさわしいとされています。わたくし、次の王様にふさわしいのは、レディルさまではなく、そこにいるライツさまだとおもっておりますの。おんなのカンですわ!」
「!!」
(!?)
「ですから、ごめんなさいね。わたくしは、レディルさまとはこんやくできませんのよ」
 見守っていた者達が唖然とする中、ポトリ。と、真っ赤な薔薇が小さな手から落ちた。
 レディルの目に大粒の涙があふれ出す。
 そして、泣き顔を見せないように、レディルはくるりとルーシェに背を向け、逃げ出すように駆けだした。
「レディル!」
 ドシャ!
「!」
 勢いよく駆けていたレディルが途中で派手に転んだ。
 しかしすぐに立ち上がる。
 そして「うわ〰〰〰〰ん!」と泣き声を上げて走り去っていった。
 その姿を呆然と見送ったライツに、先程地面に落ちたはずの真っ赤な薔薇が差し出された。
 ルーシェだ。
「ライツさま。わたくし、あなたのこんやくしゃになりますわ」
「……いや。すまない。おれの運命の相手は君じゃない」
「!?」
 ポトリ。
 再び真っ赤な薔薇は地に落ちた。
 ルーシェは衝撃を受けた顔を立て直し、すぐにキッとライツを睨みつけた。
「わたくし、あきらめませんわ!」
 そう言って今度はルーシェがこの場を走り去っていった。
「…………」
 ここに残された皆の視線がライツに向けられている。
 ライツは、ひどく居心地が悪かったこの時のことを、未だ鮮明に覚えている。

第53話 ライバル宣言

 王子が公爵令嬢に振られた一連の出来事はすぐに城中に知れ渡った。
 あの後、自分の部屋に閉じこもったレディル。
 その日はレディルに会うことが出来ないまま ライツは城を出て別邸へと帰宅した。
 幼い王子の傷ついた心を癒やす時間が必要だということで、ライツは次の日から城に行くことを控えることになった。
 その間に領地から呼び出されたライツの父とルーシェの父が登城し、王と王妃と共に話し合いが行われた。
 その結果、レディルの希望もあり、ライツとルーシェは、それぞれ実家の領地へ帰ることとなった。
 ルザハーツ領へ帰る日、ライツは父親と一緒に城へ向かった。
 そこで、玉座に座る国王にライツは問われた。
「ライツ、おまえは王座を望むか?」
 ライツは「いいえ」と答えた。
「各教師たちに話を聞いた。おまえはどの分野も優秀で、その魔力の量は底が知れない。さすがは王家の血を引く者だと、そう言っておった」
「それはレディルも同じです」
「うむ……」
「おじうえ。おれは将来騎士になり、ルザハーツ領で兄の手伝いをするつもりです」
「レディルもそうだが、ライツ、おまえもまだ幼い。成長と共に違う道を望むこともあるだろう。今日、わたしがそなたに伝えたかったのは、次の王がレディルと決まっているわけではないということだ。ルーシェ嬢が言っていた通り、その時王に相応しい者が選ばれる。それがレディルか、そなたか、他の者かはわからぬが……」
「次の王はぼくがなります!」
 その大きな声と共にレディルが姿をみせた。
「レディル……」
 力強い眼差しでレディルはライツを真っ直ぐに見て言った。
「ぼくは強くなる! ライツよりも強く! そしてルーシェにぼくのほうが次の王にふさわしいと言わせてみせる!」
 可愛い弟的存在にライバル宣言されたライツは、驚いた顔を笑みへと変える。
「レディル。次に会うとき、お互いどれだけ成長してるか楽しみだな?」
 ライツの言葉を受け、レディルも笑みを返した。

第54話 伝えておきたいこと

 ライツの中で、あの頃の小さなレディルが、まだ印象強く残っている。
 そのためか、どうしてもレディルに対して、今も甘くなってしまう自分に気づいていた。
 しかし、今回ばかりは話が違う。
「レディル。……いや、お二人も聞いて下さい」
 ライツは三人の顔を見回して言った。
「伝えておきたいことがあります」
「?」
 三人共に何の話かと問うような顔でライツを見返す。
「勝負などしなくても、俺は救世主であるマナが俺の【運命の恋人】であると、確信しています」
「!?」
「な、何故そう言い切れるのですか?」
 神官長が問う。
「それは、レディルがルーシェを特別に想うように、俺がマナのことを特別に想っているからです」
「!」
 その台詞に三人が驚いた顔になったのは、ライツには女嫌いだという噂があったからだ。
 ライツからしたら単純な話で、運命の相手ではない女性を相手に、気のあるそぶりをみせるつもりがなかっただけのこと。
 そのせいで、実はライツはルーシェのことを密かに想っていたが、レディルを気遣い、身を引いたのではないかという噂もあった。
 そのライツが、救世主であるその少女のことを……?
「そう。だからこそ、レディル。俺はおまえに対し、怒っている」

第55話 よけいなことを!

「お、怒ってる?」
 レディルは過去、ライツに本気で怒りをぶつけられた経験が無い。
 怒ったそぶりを見せたことはあるが、どこかで「しょうがないな、おまえは……」といった甘さがあった。
 なので、今レディルは不安のような感情を抱え、ライツの視線を受け止めていた。
「そうだ。おまえはマナが召喚された時、彼女に何を言ったか、覚えているか?」
 力強いライツの眼差しに、思わずレディルの目が泳ぐ。
「……何を……? 正直、あの時は動揺していて、あまりよく、覚えていないのだが……」
「……」
 そのレディルの答えに、目を細めて微笑むライツが恐い。
 二人の間に冷えた空気が流れる。
 そんな二人の仲を取り持とうと、国王が口を挟んだ。
「レディル、謝罪は不可避だ。おまえはあの時、あんな女、顔も容姿も何もかも、ルーシェの足下にも及ばないと言ったのだぞ!」
「そうですな。レディル殿下、きちんと謝らなくてはいけません。救世主様に対し、あれが将来の王妃などあり得ないとおっしゃっていましたからね!」
 国王に続き神官長がそう伝えると、ライツのまとう気の温度が更に下がった。
(よけいなことを!)
 そう叫びたかったが、さすがにまずいと空気を読み、レディルは口をつぐんだ。

第56話 それとこれとは話が違う。

 無表情になったライツが、無言でレディルの近くへと移動し、足を止めた。
「レディル……立て」
 見下ろすライツの視線にビクつきながら、レディルは立ち上がる。
「おまえが言ったその暴言が、彼女の心を傷つけた。……わかるな?」
 レディルが青ざめた顔で頷く。
「彼女が救世主じゃなかったとしても、17歳の女の子にかける言葉ではないよな?」
 こくこくと今度は二回頷いた。
「城には行きたくないと彼女ははっきり言った。彼女の怒りは正当なものであり、俺も彼女の怒りに賛同する」
「しゃ……謝罪を」
「駄目だ」
 謝罪をさせて欲しいという言葉はライツによって途切れた。
「おまえに会いたくないと言っていた」
「……では、どうしたら?」
「おまえが謝罪したいと言っていたとは伝えておく。が、彼女が許す気になるまでは会わせない。俺も会わせたくない」
「ライツ。レディルも反省している。そう言わずに、救世主様の怒りを解き、和解させてやれないか?」
 ここで国王がライツへ頼み込む。
「ぜひ、そうしてもらいたい。私からもお願いしますライツ様。異世界召喚で来られた救世主様と、国の王太子が仲違いとは、体裁が悪すぎますし、どうにか穏便に話を」
 と、そこでライツの視線を受け、神官長の口が閉ざされた。
「言っておきますが、お二人も同罪ですよ? 一応訊きますが俺の知る限り異世界召喚されたら元の世界に帰る方法はなかったはず。……だからこそ初代国王は異世界召喚を禁止した。違いましたか?」
「……いや、違わぬ」
 国王が答える。
「俺にとって、運命である彼女と出会えたことは、この上なく幸せなことだと言い切れます。ですが、それとこれとは話が違う。彼女からしたら、こちらの都合で誘拐され、勝手に救世主として魔物の討伐を期待され、生まれ育った世界には帰せないと言われる。どうです?」
 この国の人間を救うため、仕方が無かった。
 苦渋の決断だった。
 そう言いたいが、彼女の立場を考えれば、返す言葉がない。
「レディル、もしおまえが彼女の立場だったらどう思う? おまえの愛するルーシェにも二度と会えないんだぞ? いきなり呼び出された異世界のために生きられるか?」

第57話 連れて行きます。

「…………無理だ」
 俯いたまま、レディルはそう答えた。
 想像しただけでゾッとした。
 ここではない異世界で。
 ルーシェのいない世界で。
「生きられるはずがない」
 誰のために。
 何のために頑張れるというのか。
 愛那の立場になって考えて、ようやくレディルは自分の罪の重さを知る。
 勝手に期待して、想像と違ったからと期待外れだとも言った。
(何て身勝手で、傲慢な……)
「……」
 項垂れるレディルから、国王へと向き直るライツ。
「マナは、ルザハーツ領へ連れて行きます」
「……ライツ」
「俺も、そう長くこちらにはいられない。戻って、一匹でも多くの魔物を討伐しなくてはならない」
 それを聞いた国王の顔に、期待のようなものが浮かぶ。
 しかしそれを撥ね除ける言葉をライツが続けた。
「だからといって、救世主としての彼女に期待はしないで下さい。このサージェルタ王国で何が起こっているのか、全てを話した上で、どうするかは彼女が決めることです」
「そうか……」
 沈んだ国王の声。
「影に報告はさせます。それと、異世界召喚が実施されたと知れば、黙っていない者達も出て来るでしょう。彼女の居場所について、絶対に知られることのないようにして下さい。もし、これ以上そちらの不手際で彼女を傷つけるようなことがあれば……」
 それ以上は語らなかった。
 口を閉じたライツは背を向けハリアスと共に部屋を去って行く。
 それを見送った国王は、ライツに見放される未来を想像し、緩く首を横に振った。

第58話 魔物討伐より先に。

 城を出てルザハーツ家の馬車に乗り込んだ二人は屋敷の別邸へと向かう。
 その中でハリアスは確認がしたく問いかけた。
「ライツ様。マナ様があなたの運命の恋人であるというのは確かなのですか?」
 ライツは「ああ」と頷いて答える。
「神官長に下された神託はこうだ。『召喚された少女は、この国で一番【強き者】の【運命の恋人】である。二人の力を合わせれば、魔物を討伐することなど、容易いであろう』……その【強き者】というのは俺のことだ。うぬぼれではなく、俺自身を鑑定すると、称号のところに【強き者】があるのだから間違いない」
「なるほど。安心しました」
 ライツがマナに向けるあの甘い表情。
 初めての恋に浮かれ、都合のいい思い込みが働いたのではないかと、少し不安だったのだ。
(運命の恋人か……)
 一瞬笑みを浮かべたハリアスが、すぐに真面目な顔を作る。
「ですがライツ様。魔物の被害情報は各領地から聞こえてきます。今のところルザハーツ領はライツ様率いる騎士団の働きで、被害はほとんど出ていません。しかしだからこそ、他の領地から救いを求める声にも応えていかなくてはいけないと、」
「そう兄上が言っていたか?」
「はい」
 ライツの兄、リオルート・ルザハーツは、ルザハーツ公爵家の当主であり、ハリアスとは同じ年で学友だった。
 リオルートは信頼する友人のハリアスを弟の側近に付けたのだ。
 そのこともあり、ハリアスはこの兄弟間の伝令として動くことも多い。
「言いたいことはわかる。俺とマナの力を合わせれば、魔物討伐などたやすいという神のお言葉だ。期待もするだろう。だが、城で言った通り、俺はマナの希望を第一に考える。もしマナが討伐を拒んだとしても、俺一人でも魔物討伐は、これまで以上に頑張るつもりだ」
(マナの傍から離れたくはないが、その時は仕方ない……)
「なんにせよ、領地に戻ったら魔物討伐より先に、マナにはこの世界で生きる上で必要なことを勉強してもらう。なんせマナのいた世界では、魔法が空想上のものという話だからな」

第59話 伺いたいことがあるのですが。

 ルザハーツ家の別邸。
 ライツ達が城から戻る間、愛那はナチェルとモランと一緒に、お茶をしながら時を過ごしていた。
「それじゃあ、ナチェルさんとモランさんは学生の時、ライツ様と一緒に生徒会をやっていたんですね!」
「そうです。ライツ様が会長で、俺とナチェルは主に会長の手伝いという形で仕事をしていました」
 モランが微笑んで答える。
 ライツの話を聞く愛那の表情は、好きな相手のことを想う少女のそれだ。
「私たちの実家はルザハーツ領にあり、幼い頃からライツ様とは親しくさせていただいていたんです。その関係もあり、生徒会もライツ様から誘われて入ったんです」
「へぇ……。いいなぁ、見たかったなぁ。かっこいいだろうな。生徒会長のライツ様」
「……」
 ナチェルとモランの目が合う。
 言葉にしないまま視線で会話する二人。
「お前が訊け」というようなナチェルの目に負けたモランが口を開く。
「あの、伺いたいことがあるのですが」
「はい?」
「えっと、マナ様は……、もしかしてライツ様のことを?」
「え?」
「え、え~っと」
 困ったように笑うモランに、呆れて小さく息を吐いたナチェルが口を開く。
「お好きなのでしょうか?」
「はい? え? え!?」

第60話 そっくりなんです!

(お好きなのでしょうか? というのはもしかしなくても私がライツ様のことを好きなのでしょうか? ということでしょうか?)
 愛那の頭の中でぐるぐるその問いが回る。
「好き、好き? うん。はい。好きですよ? だって、ライツ様、優しいし、かっこいいし、素敵だし。えっと……それに、あの声は卑怯だし」
 そこでナチェルとモランが「え?」と首を傾げる。
「卑怯……ですか?」
「ライツ様の声が?」
「えっと、あの……実は、ライツ様の声って、びっくりするくらい、私の大好きな人とそっくりなんです!」
 思い切って愛那が告白した内容は、それを聞いた二人の表情を真顔で固まらせた。
「私の初恋の人なんです」
「えへへ」と照れながら笑う愛那は、目の前の二人の青ざめた表情に気づいていない。
(どうする?)
(まさかの展開だ)
(絶対ライツ様はマナ様のこと本気だぞ)
(マナ様の態度からマナ様もライツ様のことをお好きなのだろうと思っていたのだが)
(好きな人と声がそっくりって……)
(ライツ様の恋は前途多難だな……)

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