ごめんなさい。俺の運命の恋人が超絶お怒りです。1(111話~120話)

小説
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第111話 貴族の結婚

(恋愛話にならない!? やっぱり訊いちゃいけなかったんじゃ!?)
 愛那が口を開いたまま両手をあちこちに彷徨わせ、あわあわしていると、それを見たナチェルがクスリと笑った。
「落ち着いて下さい。大丈夫ですから」
 そう言われた愛那は両手を膝の上に置き、顔を赤くして俯いた。
(恥ずかしい! 取り乱しちゃったよ……)
「別にモランと結婚することに不満があるわけではないのです。ただ……」
「ただ?」
「そこに恋愛感情があるかと問われると、困ってしまうだけで」
 愛那が首を傾げる。
「貴族の結婚では普通のことです。家同士の釣り合いを一番に考えるのは」
(……それって二人の家が両方子爵家で、親同士の仲が良くて、同じ年の男女だから丁度いいとかそういうことですか?)
「え……っと、じゃあ本人同士の意志じゃない、と」
「子供の頃から一緒にいますからね。貴族は18歳になれば結婚、または婚約者がいることが普通なので、そのタイミングで親から婚約の話が来たんです。それで、お互い『まあ、そうなるよな』と」
(淡白!)
 愛那が口を開けていると、ナチェルが「申し訳ありません。面白くない話をしてしまって……」と謝る。
「いいえっ! 全然! ちょっと驚いただけで!」
(そうだよね。結婚とか恋人とか、相手を選ぶのに貴族の世界は家柄重視って、そういうイメージあるよ。……そうかぁ、そういうの好きじゃないけど、やっぱりこの世界もそうなのか……)

第112話 絶対に無理

「……ナチェルさんは、今まで好きになった人はいないんですか?」
 愛那が不思議に思ったことをそのまま訊ねると、ナチェルは少しだけ考えるそぶりを見せ、答えた。
「好ましいと感じる男性なら幾人かいましたが、それが恋かと訊かれると、違うと答えますね。……こういった所はライツ様と通じるものを感じていました。ライツ様もそういったことには興味を示されない方でしたので」
(うっ、興味がないのは困るなぁ)
「昔と違い、今は貴族の結婚観はさまざまだと言われています。結婚していても恋人を作るのは互いに暗黙の了解といったご夫婦もいらっしゃいますし、家同士の釣り合いがとれていなくても構わず結婚する場合もあります。または釣り合いのとれる家の養子に入るなどしてもらってから改めて結婚することも。まあ、初代国王であるロベリル様がハイリ様を選んだように、好きな人と結婚出来るのであればそれが一番幸せなことなのでしょう。学生時代は特に、恋愛結婚に憧れるお嬢様方はたくさんいらっしゃいましたから」
「そうなんですね……」
(私だったら、家のためでも好きでもない男の人と結婚なんて絶対に無理。好きな人がいるならなおさら、その人以外の人に触れられるなんて……)
 ふと、自分の運命の恋人である(と思い込んでいる)王太子の顔が脳裏に浮かび、(無理無理無理無理っ!! 絶対にイヤっ!!)と愛那が首を勢いよく横に振り、驚いたナチェルが「マナ様? どうされました!?」と声を上げた。

第113話 案内

 日が落ち辺りが暗くなった時間帯、愛那は案内された食卓でライツとリオルートの家族と共に食事を摂った。
(どれも美味しい……。これって、どんな食材でどんな調味料が使われてるんだろう? 厨房の見学とかしてみたいなぁ)
 自分のお弁当は自分で作り、食事の手伝いをすることが日頃から当たり前だった愛那は、この世界の食についてどうしても気になってしまう。
 なので、食事の後、ライツと共に食堂を出たところで、
「どこに何があるか慣れるためにも、城内を散歩してから部屋に戻ろうか?」
 そうライツに誘われ、愛那は頷き「どこに行ってみたい?」と訊ねたライツに愛那は笑顔で「厨房に!」と答えてしまった。
「厨房?」
 驚いた表情を見せるライツ。
「ええ! この世界の食文化が気になってしまって」
「食文化」
「私、向こうで普段から料理をしていたので、この世界の食材や調味料に興味があって。もしよければ厨房を見学したいなぁって」
(そして向こうの世界の料理が再現できるか試してみたい!)
「マナが料理を?」
 そこで愛那がハッと思い出す。
(あ! 貴族の人って料理しないんだっけ? 私、貴族じゃないけど、料理は禁止とか言われちゃう?)
 おそるおそる愛那がライツを見ると、目が合ったライツが口を開き、
「マナの手料理、食べてみたいな」
 と笑顔で言ってくれたので、愛那はすぐに「作ります!」と応えた。
「あ、いえ。作ってみたいです。もちろん、この世界の食材のことを勉強してから」
「そうか。楽しみだ」
(私も楽しみです!)
 ニコニコと互いに笑い合う二人。
『美味しい手料理は男を落とす武器になるからね』と言っていたのは愛那の祖母だ。
(おばあちゃん、私頑張るからね!)
 しかしこの時間帯、忙しい厨房に行くのはやめておいた方がいいとモランとナチェルに言われ、厨房へ行くのは日を改めることになった。
 それではと、ライツが城の最上階へと愛那を案内する。
「最上階に何があるんですか?」
 手を引かれ、階段を上りながらライツへと訊ねる愛那。
 ライツは愛那へと微笑み「着いたらわかるよ」と答えた。

第114話 祭壇

 ライツと愛那、モランとナチェルの四人が最上階に到着すると、階段を上りきった正面に飾り細工が施されている大きな扉が見えた。
 その大き過ぎる扉を見上げた愛那は(え? これどうやって開けるの? 一人じゃ無理じゃない? あれ? ドアの取っ手が無い?)と頭の中で次々と疑問が浮かぶ。
「この扉は魔道具で出来ていて、契約者しか開くことが出来ないんだ」
 愛那の手を離したライツが扉へと近づき、右手を突き出し触れる。
 すると扉が光を放ち、次の瞬間には扉が消えていた。
「ええっ!?」
 驚いた愛那が思わず声を上げる。
(魔道具って、魔法の道具のことだよね。どうやって作られるんだろう?)
「マナ」
 差し出されたライツの手に愛那は右手を乗せ、歩き出す。
 無くなった扉の奥にはキラキラと輝く祭壇があった。
「ここって……」
「神が祀られている場所だ」
(やっぱり)
 愛那がグッと力を込め正面を見据えた。
 ナチェルに聞いた話では、この世界の神は、創造神の一人だけで名前は特にないらしい。『マナ様のいた世界には、神様に名前がおありになるのですか?』と驚かれたくらいだ。
 神を表す記号のような文字が正面中央の壁に刻まれている。
 ライツと共に歩み寄りながら、愛那は緊張を気合いでごまかしていた。
(ま、負けないッ! 神様、私はあなたに言いたいことがたくさんあるんだから!)

第115話 神様との対話

 沢山の透明な石が光り輝く祭壇を前にし、ライツと愛那の歩みが止まる。
「ここは、ルザハーツ家の者のみが神との対話を許された場所なんだ」
 そのライツの言葉にハッと愛那が反応する。
 真っ直ぐ祭壇を見ているライツの横顔を見上げ、愛那は訊ねた。
「対話? 神様と話が出来るんですか?」
「いや、たとえば婚約や結婚、出産などの報告。祈りや願い、悩みなどがある時にここで話を聞いていただくんだ。稀に神託が下ることもあると伝え聞いたことはあるけれど、俺は一度もないな」
(……だとしたら、ライツ様はいつ私のことを?)
 ライツが救世主である愛那の保護者だというのは、神様が決めたことだと言っていたはずだ。初めて会った時、まだ名乗っていないのに愛那の名前も知っていた。
 愛那はそのことも気になったが、それよりも今は先に知りたいことがあったので、そちらの質問を優先させた。
「あの、その神様との対話というのは、声に出して言わなくては通じないんでしょうか?」
「え? いや。声に出さなくても、心の中で語りかければいいんだよ」
「じゃあ、あの、私……神様にどうしても言いたいことがあるので、その対話というのがしたいんですが、ここでは駄目ですよね? 神様と対話の出来る他の場所を教えて欲しいんですが、近くにありますか?」
(話をしようじゃないの、神様と。もしかしたら返事をしてくれるかもしれないんでしょう?)
 気持ち戦闘モードの愛那の真剣な眼差しを受け止め、ライツが戸惑いを見せる。
 その後方で愛那が神様に喧嘩を売りたいと言っていたことを知っているモランとナチェルが、ハラハラとした表情で見守っている。
「マナが望むのなら、ここで大丈夫だよ?」
「え? でもここはルザハーツ家の方だけの場所なのでしょう? 遠慮します。せめてリオルート様の許可をもらわないと、ライツ様にご迷惑をかけたくありませんし……」
「私なら構わないよ」
 突然入り口の方から声をかけられた。
 振り向くとそこにはリオルートの姿。
「兄さん? 何故ここに?」
「ハリアスが奥方を連れて戻ってきたから、呼びに来たんだ」
 弟の問いに微笑を浮かべたリオルートがそう答えた。

第116話 駄目だ。

「ハリアスが……。それでわざわざ兄さん自ら?」
「お前がマナを連れて、この最上階の祭壇の間に向かったと報告があったから、扉の契約者の一人である私が来たんだ」
 リオルートが数歩歩くと、彼の背後の扉が再び出現した。
 これでこの閉ざされた祭壇の間にいるのは五人となった。
「そんなに急ぐ必要が?」
「いや。ただ単に興味があっただけだ。おまえがマナを連れ、神に何を報告するつもりなのかと」
「……成る程。のぞき見に来たんですね?」
「失礼だな。堂々と見に来たんだよ」
 笑顔でリオルートが答え、ライツが小さく溜め息を吐いた。
 その会話を黙って聞いていた愛那は、先程までの戦闘モードを忘れ、ライツへと視線を移した。
(報告? ……私、ライツ様が私をここに連れて来てくれた意味を考えてなかった)
 反省した愛那がライツへと謝る。
「ごめんなさい、ライツ様。私、つい気持ちが先走ってしまって。えっと、報告っていうのは何を?」
 そう問われたライツが困った表情を見せる。
「いや、気づかずにすまない。俺よりも、マナの気持ちの方を優先するべきだった。いきなり救世主としてこの世界に来たマナが、神へ言いたいことがあるというのは当然のことだ」
 ライツはそう言って手を伸ばし、愛那の頬に触れる。
 そして、愛那を見つめるライツの瞳が突然不安に揺れた。
(もし、今ここで、マナが神に元の世界に戻りたいと願ったとして、その願いが叶ったとしたら?)
「駄目だ」
「え?」
 愛那が目の前から消えていなくなってしまうかもしれないという恐怖に襲われたライツは、その瞬間、誰よりも先に神との繋がりを求めた。
(鑑定!)

第117話 俺は馬鹿だ。

 スキル【鑑定】を使ったライツの目の前に文字が浮かぶ。

 名前:マナ・サトウエ
 性別:女
 年齢:17
 体力:700/800
 魔力:998200/1000000
 称号:【異世界からの召喚者】【運命の恋人】
 スキル:【言語理解】【透過/30】【風魔法】【火魔法】【水魔法】【地魔法】【光魔法】【闇魔法】

「!?」
 いつも【鑑定】と共についていた【神託】が無い。
(……そうだ。すっかり忘れていた。初めてマナを鑑定したあの時も神託がなかった)
【運命の恋人】である愛那と出会えたことで【神託】がなくなってしまったのだろうか?
(神様……。どうか、俺の声にお応え下さい)
 しかしその声に応えはない。
「ライツ様?」
 様子のおかしいライツに愛那が声をかける。
 その声にライツは改めて愛那と視線を合わせ、自分の中の焦りを落ち着かせた。そして、彼女の頬に触れたまま問う。
「……マナ。どうして、風魔法以外の魔法を五つも使えるようになっているんだい?」
「え?」
 ライツが以前愛那を鑑定した時のスキルは【言語理解】【透過/30】【風魔法】の三つだけだったというのに【火魔法】【水魔法】【地魔法】【光魔法】【闇魔法】の五つが増えている。
「魔法? ああ! ナチェルさんに教えてもらったんです。危ないので、コツを聞いて手の平の上で小さく試しただけですよ? 思い切りやるのは専用の施設でするつもりでしたし。ほら、私、救世主だから。魔物の討伐を頑張らなきゃいけないでしょう? だから……。もしかして、ダメでしたか? あの、ごめんなさい。ナチェルさんに教えて欲しいって頼んだのは私なので、ナチェルさんは悪くないんです」
 いつもの笑顔を見せてくれないライツに愛那は不安になってそう言葉を綴る。
「いや、違う。そうじゃない。……ごめん」
「?」
(そうだ。マナは救世主としてこの国の為に魔物討伐に意欲を見せてくれていたのに、元の世界に帰ってしまうのではないかと勝手に不安になって……俺は馬鹿だ)
「マナ……。いいよ」
 ライツが微笑んで触れていた手を離し、愛那から一歩距離を取った。
「兄さんの許可ももらったんだから、気兼ねなく神に言いたいことを話すといい」 

第118話 戦闘モードを復活

(よくわからないけど、とにかく。神様と話をする許可をいただきました)
 愛那はライツから祭壇へと向き直って正面を見据えた。
 そしてすっかり冷めてしまった戦闘モードを復活させようと試みる。
(神様、神様。聞こえますか? 私の名前は里上愛那。地球の日本という国からこの異世界へ救世主として召喚された者です)
 応えはない。
(神様? 聞こえてますよね? 私はあなたにどうしても! 言いたいこと、訂正して欲しいことがあって話をさせていただいてます。聞こえてるなら、ちょっとでも、何でもいいから反応して下さい!)
 そう訴えてしばらく待つと、壁の神を表す文字がキラッと輝いた。
「…………」
 あまりにもささやかな一瞬だけの反応に、それが本当に神の聞こえているという合図なのかどうか愛那が悩む。しかし、少しでも、何でもいいからと言ったのは愛那だ。もう一度とは言えない。
 愛那は一つ頷いて、神様は聞こえていると納得することにした。
 それじゃあ……。
(まずは神様? 何故? どうして? 私があの王太子の運命の恋人なのか、教えて下さいますか? どう考えても違うでしょう? 間違ってますよね? あの王太子には婚約者がいるんですよ? しかもベタ惚れの! 私なんか眼中にないとばかりの嫌がりようでしたよ? こっちだってあんな失礼な男ごめんだっていうのに無駄に傷つきました。……神様? 責任をとって下さいますよね? 責任をとってくれるのであれば、今すぐ神託とやらで撤回して下さい! 撤回! だいたい神様のくせにあなたの目は節穴ですか? あれと私が仲良く恋人同士になって魔物討伐すると思いますか? 冗談じゃない。あの王太子に婚約者がいるように、私にだって好きな人がいるんです!)
 愛那はそう訴えると手を伸ばしてライツの腕を掴んで引き寄せた。
「えっ?」
 驚いたライツが愛那を見るが愛那の睨み付けるような視線は祭壇に向かったままだ。
(この人です! ライツ・ルザハーツ様! あなたが私の保護者に指名した人です!)

第119話:絶えることなくずっと

 腕を抱き込まれながら、どうにも穏やかじゃない様子の愛那にライツは驚いていた。
(神を相手に怒っているのか? ……いや、それはそうか。大切な相手がいる世界から、無理矢理この世界に召喚されたのだから怒って当然か。……だが、なぜこのタイミングで俺は腕をとられたのだろう?)
 ライツがそんな疑問をもちながら無言のまま愛那を見守り、モラン、ナチェルも心配しながら二人を見守っている。
 そしてリオルートはそんな彼らの様子を興味深げに観察していた。
(これ以上まだ何かあるのか? マナの魔法のことといい、まったく。ここに来て正解だったな)
 愛那は、そんな風に見守られていることに気づかないまま、絶えることなくずっと神様へ憤りをぶつけ続けていた。
(あ! 神様? 好きといっても、片思いですよ! まだ! だって運命の恋人とかいうあんなのがいたんじゃどうしようも無いでしょう!? 私は気にしなくても、神様が決めた運命の恋人がいるのにって、周囲は絶対気にするでしょう? ライツ様も気になっちゃうでしょう? そうなると告白だって出来ないんですよ! そんなの冗談じゃない!! 人の恋路を邪魔するなんて、神様だって許しませんよ! だいたい何でライツ様が保護者!? あ、いえ。保護者だからこそ出会うことが出来たと思えば感謝するところですね……うん。感謝します。ここは素直に感謝します! 神様ありがとう!! でもですね、神様! どうせだったら────────)

第120話:運命の恋人なんてふざけた神託

(とにかく! 運命の恋人なんてふざけた神託は今すぐ撤回して下さいね! 撤回! 絶対ですよ! 撤回してくれるまで私毎日ここに通って訴え続けますから覚悟して下さいね! 以上です!)
 それを最後に、言いたいことを言い終えたと、愛那がフウッと息を吐いた。
 そしてふと自分がライツの腕を抱え込んだままでいることに気づき、慌てて腕を放し距離を取る。
「ご、ごめんなさい! ライツ様!」
「いや、謝らなくていい。それよりマナ、神との対話は終わったみたいだね」
「ええ! ありがとうございました」
 笑顔でそう答えた愛那に、どうしても気になってライツが訊ねる。
「ずいぶん長い間、神様といったい何を話していたんだい?」
「あ、はい! 撤回をお願いしていました!」
 微笑を浮かべ、愛那は答えた。
「撤回?」
「はい。運命の恋人なんてふざけた神託を今すぐ撤回して下さいとお願いしました」
(!?)
 ライツは驚きのあまり顔から表情が抜け落ちた。
『運命の恋人なんてふざけた神託』という言葉を、ライツの運命の恋人である愛那から言われて頭の中が一瞬真っ白になった。
「私、救世主として魔物討伐を任されたことに関しては、どうなるかはわかりませんが頑張ろうと思っています。ですが、あの王太子が私の運命の恋人だなんて絶対に受け入れられません! 絶対に嫌なんです! あの王太子だって私と同じ気持ちだと思います。だから、神様に撤回をお願いしました」
(……え?)
 止まっていたライツの頭が回転し始める。
 慌てて口を開いて何か言おうとしたが、言葉がなかなか出てこない。
「ちょっと……待ってくれ、マナ……」
 右の掌を頭に当て、呻くようにライツは言った。
「ライツ様?」
「マナ。……マナの運命の相手は、レディルじゃない」
「え?」
「マナの運命の相手は……俺だ」
(!?)

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