ごめんなさい。俺の運命の恋人が超絶お怒りです。1(31話~40話)

小説
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第31話 自意識過剰は恥ずかしい

「マナ。君にはたくさん話したいことや訊きたいことがあるけど、ひとまずここから移動しよう。お腹空いただろう?」
 そう言われた愛那は、空きすぎたお腹をさする。
(お腹はすごく空いてる。けど……)
「……どこへ?」
「ここから近い、俺の、ルザハーツ家の屋敷へ」
 ドキリと心臓が跳ねる。
「……そこは、あなたのご家族も一緒に住んでいるの?」
(まさか二人きりとか、言わないよね?)
「いや。俺には両親と兄がいるが、両親と結婚している兄の家族とはそれぞれ別に住んでいる。俺の屋敷もあるが帰るには遠い。ここからルザハーツ領は少し距離があるんだ。だから、今日はこの城下町にある屋敷に行こうと思う。陛下にも君のことを話しておかなければならないしね」
(そういえばこの人、あの王子のいとこということは、すごく身分の高い人なんじゃ……)
 ライツの服装が、その辺に歩いている男の人達とそんなに変わらないので、愛那はそのことに気づくのが遅れた。
(ということは、その屋敷にはお城と同じように働いている人達がたくさんいるということで……うん。そうだよね? いきなり家に二人きりだなんて、いやらしい。そんな自意識過剰な展開を想像しちゃいそうだった! ここは異世界! あっちの世界とは違うのよ私! うわぁん! 恥ずかしいッ!!)
 愛那は今の自分の表情がライツに見えていないことに、激しく感謝した。

第32話 このスキルは秘密です

「それと、君のその透過のスキルは人に知られない方がいい」
 真面目な顔で話すライツ。
「とうか? ……透過。あ。この透明人間状態のこと?」
「透明人間?」
 ライツは一瞬きょとんとし、破顔した。
「ははっ。透明人間か、面白い。うん。その透明人間になれるスキルのことだ。この世界に君と同じそのスキルを持った者はいない。もしその能力のことを知られたら、あらぬ疑いをかけられる可能性がある。それは避けたいんだ」
「あらぬ疑い?」
「もし、凶悪な犯罪者が君と同じ能力を持っていたとしよう。恐ろしいことになると思わないか?」
 愛那は想像してゾッとした。
(誰に見られることなく犯罪し放題のこの能力を、私以外が持ってたとしたら……恐すぎる!!)
「ひ、秘密で。……誰にも知られたくないです」
(犯人のわからない犯罪の犯人にされちゃうかもしれないってことよね?)
「うん。そうしてくれると助かる。君のその能力のことを知っているのは今のところ俺と、俺の側近の二人だけだ」
「……側近、の二人?」
「後で紹介しよう。不安かもしれないが、俺が信頼している相手だから安心して欲しい」
「はい」
「……マナのいた世界では、その能力を使っても問題にならなかったのか?」
 ライツが疑問を投げかける。
「え? いいえ。こんな能力、この世界に来てから初めて使いました。というか、私がいた世界では、魔法なんて使えませんでしたから」
「……魔法が使えない?」
(これだけの魔力を持っていて?)
 驚くライツ。
 ライツにとって魔法が使えない世界というのが想像出来ない。
「はい。私の世界では、魔法はあくまで空想上のものです」
「空想上のもの……」
「だから、魔法を見るのも使うのも楽しくて」
「そう、か。……マナ、頼みたいことがある」
 ギュッとライツは繋いだ手に力を込める。
「え?」
「魔法は便利なものだけど、危険でもある。頼むから、魔法の使用をしばらく止めて欲しい。俺が教えるから。マナがきちんと魔法のことを勉強して俺が安心できるまで。……駄目かな?」
(ひやぁああああああ!! 心臓が保たない~!!「駄目かな?」は反則~!!)
 内心悶えながら愛那は「駄目じゃないですぅ」と答えた。

第33話 馬車の中で

「あの、じゃあ、この透明人間の魔法を解いた方がいいですよね?」
 魔法の使用をしばらく止めて欲しいと言われた愛那が素直に従おうとする。が、それをライツに止められる。
「待ってくれ。ここで解いて誰かに見られたらいけない。屋敷まで馬車の用意したから、その中で解いてもらっていいかな?」
「あ、そうですよね。分かりました」
 愛那の返答を受け、ライツが後方に視線を投げる。そしてその先にいるモランがこちらを見て頷く。
「……行こうか」
 ライツが立ち上がると、愛那もつられて立ち上がる。
 二人は正面から向かい合っているが、愛那の姿が見えないので、やはり視線は合わない。
 ライツは小さく笑顔を見せる。
「こうしてマナと手を繋いで話が出来るのは嬉しいが、やはり姿が見えないというのは物足りなく感じてしまうな。さあ行こう。早く君の顔が見たい」
「!」
 手を引かれ歩き出した愛那は、ライツに言われた台詞に今更ながら焦りのようなものを感じだした。
(ちょっと待って!? そんな期待するようなことを言われたら……)
『王太子である私自らが魔物討伐にだと!? ふざけるのも大概にしろ! 第一! 見てみろ! あんな女、顔も容姿も何もかも! 私の婚約者であるルーシェの足下にも及ばないではないか! あれが将来の王妃だと!? あり得ないだろう! 絶対に認めない! 私は絶対にルーシェと結婚するんだ! 神に逆らってもこれだけは絶対に譲らないからな!』
 レディルに言われた暴言を思い出し、愛那の足が止まった。

第34話 期待しないで。

「マナ?」
 ライツは不意に足を止めた愛那へと振り返る。
「どうした?」
「私……」
(嫌だ。あの王子にどう思われようがどうでもいいけど、この人に誰かと比べられて残念に思われるのは……)
 出会ったばかりだというのに、ライツに嫌われるのが恐くて愛那は逃げ出したくなった。
(だけど、今逃げても、この世界に私の行く場所なんて……)
 黙ってしまった愛那の手をライツの両手が包む。
「マナ、俺が何かしてしまったか?」
「ううん。ごめんなさい。何でもないの」
 そう言って歩き出した愛那の横にライツが並ぶ。
 愛那はチラリと隣のライツを見て、勇気を出して言ってみた。
「あのね、あまり期待しないでね? 私、全然美人じゃないから。あの王子にも言われたから。あの人の婚約者さん、すごく綺麗な人なんでしょう? 私なんか、婚約者さんの足下にも及ばないって、だから……」
「!」
 今度はライツが足を止め、つられて愛那も立ち止まった。
「あいつは……」
 怒りを含んだ声音。
「あいつは、そんなことを君に言ったのか?」
 確かに、レディルが愛那に対し暴言を吐いたとは聞いていたが、詳しく何を言ったかまでは知らされていなかった。
「すまない。本当に。……マナ。あいつの言うことは気にしないで欲しい。あいつは、子供の頃からルーシェのこととなると、本当にはた迷惑な馬鹿になるんだ」
「……馬鹿?」
「ああ、馬鹿だ。一途と言えば聞こえがいいが……」
 ライツが溜息を吐く。
「あの、王子のことはいいの。とりあえず、あなたが私の容姿に期待しないでくれたらそれで」
「……すまない。俺がマナの顔が早く見たいなんて言ったから不安にさせてしまったんだな。だけど、俺は君が美人であることを期待したわけじゃないんだ。姿が見えなくても、俺は君のことを可愛いと思ったし、話していて、今マナがどんな表情をして話しているんだろうって、気になった。だから、期待してるとすれば、君と顔を見合わせて話が出来るようになることだよ」
(そうか。こっちだけ顔を隠してお話するなんて、よく考えたら失礼だよね。あぁ、こんな優しい人に、気を遣わせちゃった)
 愛那はしょんぼりと肩を落とした。

第35話 わー。騎士だー! 騎士様だー。

 噴水広場を出た大通りに馬車が待機していた。
 ライツと愛那がそこに足を止める。
 するとハリアスとモランが二人の前へと姿を見せた。
「マナ、さっき話した俺の側近だ」
(さっき話したってことは、私が透明人間になれることを知ってる二人ね)
「は、初めまして」
 愛那が丁寧なお辞儀をして挨拶するが、もちろんその姿は見えない。
 二人は戸惑いながらも、それを顔に出さずに挨拶を返す。
「初めまして救世主様。私の名前はハリアス・ドーバーと申します」
「モラン・ローレンです」
 モランはライツと同じくらいの体型をしている。
 ハリアスは二人よりもしっかりした体格で背も高い。
 三人共に鍛錬された肉体を持っていることが見て取れる。
(わー。騎士だー! 騎士様だー。かっこいいなー)
 上等なマントを羽織り、腰には立派な剣。
 アニメや漫画で見た騎士の姿をした二人に、テンションの上がる愛那。
「私の名前は里上愛那です! あ、愛那の方が名前なので、マナ・サトウエって言った方がいいのかな……」
 姿は見えないが、その声がとても可愛らしい少女のものだったので、ハリアスとモランが笑顔になる。
「よろしくお願いします。マナ様」  
 ハリアスにそう言われた愛那は思わず顔を赤くする。
(マ、マナ様……)

第36話 うわああん! 嘘つき!

 ライツのエスコートで愛那は馬車へと乗り込む。
 愛那の正面にライツが座ると、馬車が走り出した。
 ハリアスとモランは乗馬で馬車の後ろからついてくる。
「じゃあ、マナ。いいかな?」
「は、はい」
 透過魔法を解く。
(あれ? そういえばどうやって解けばいいんだろう?)
 今更だが初めてのことなので戸惑う愛那。
(えっと、たしか消える時は、透明になれって念じてたら出来たんだよね)
 だとしたら逆のことを念じればいいだろうと愛那は頷く。
「よし! じゃあ、いきます!」
 気合いをいれる愛那に、ライツは一つ頷き固唾を呑んで見守る。
 愛那は自分の両手を見つめながら呪文のように繰り返す。
(元に戻~れ。元に戻~れ。元に戻~れ……)
 すると、透明だった愛那の体が徐々に姿を現し始めた。
 成功だと愛那が笑顔になったその時、突然「待ってくれ!」とライツが叫んだ。
「え?」
 愛那が顔を上げるとライツが顔を背け腕で両目を隠している姿が目に入った。
「すまないマナ! もう一度透明に戻ってくれ!」
(……え? 何で?)
 どうしてと思いながらも愛那は言われた通りに透明に戻る。
(……何? もしかして、そんなに? ……ひ、ひどいッ!)
「うわああん! 嘘つき!」
「え? マ、マナ?」
 感情を爆発させて声を上げたマナにライツが焦る。
「普通なの! 普通だもん! 私の顔そんな一目で嫌がられるほど酷くないもん!」
「は? いや! 違う! 誤解だ!!」
「はっ、異世界だから? そうなの? この世界ではそんなに私の顔ダメなの? 酷いの? だからあの王子もあんな……!」
「待て! 落ち着け! いや、落ち着いてくれ、マナ」
「落ち着けないぃ……」
 ショック過ぎて泣き声になっている。
「本当に違うんだ! ……そうじゃなくて、足が……」
 心底困った声音でライツが言うと、愛那が首を傾げた。
「足?」
「何でそんなに足の露出の多い服を着てるんだマナ……」
「……ん?」

第37話 普通です。

「露出が多いって、この服、学校の制服なんですけど」
「学校の制服!? それが!?」
 ライツが顔を赤らめながら信じられないと言いたげに顔を手で覆う。
(そういえば、この世界で見た女の人って、みんなスカートの丈が長かったような……)
「はい。制服です。このスカート丈は、私の世界では普通です」
(ん? これは異世界だからって問題じゃないかも? 地球の国々の常識はそれぞれ違うもんね。女の人は顔を見せたらいけないって国もあるみたいだし、それに同じ日本でも、時代が違えばスカートも……って、まあ、説明が面倒だから普通でいっか!)
「これだって膝上だけど、そんなに短いってほどじゃないし。これより短いスカートで踊ったりしますよ?」
「踊る?」
「私、学校の部活は創作ダンス部なんです!」
(放課後、週三で部の仲間と集まってワイワイ楽しむお気楽ダンス部だけど)
「創作ダンス? いや、そんな短いスカートで踊るのか? 学校ってことは、男だって見るんだろう? 平気なのか?」
「平気って……。うち女子校だし、そんなイヤらしい目で見る人なんて……」
(そういえば、学園祭のステージでダンス披露した時、他校から来た男子達がやらしい顔で写真撮ってて、後で部のみんなで集まった時サイテーって話してたんだよね……)
「とにかくマナ」
 ライツが真剣な顔で訴える。
「この世界では女性がそんな足を露出した服を着るなんてありえないことを知って欲しい。男と二人きりでそんな足を出していたら、性的な意味で誘っているのと同じだと」
「誘っ?」
 愛那は驚いて固まる。
(男と二人きりでってことは今のこの状況のことでしょうか?)
 なんだかとても恥ずかしくなってきた愛那。
「マナの着替えはたくさん用意させる。だからその服はもう着たら駄目だ。いいね?」
「はい……」
 愛那の返事にライツが安心したように息を吐く。
「ああ、さっき足に目がいって、マナの顔を見損ねた……」
 ガッカリした様子のライツに対し、いろいろやらかした気がして愛那は乾いた笑いを漏らした。

第38話 ルザハーツ家の屋敷に到着

 二人を乗せた馬車がルザハーツ家の屋敷に到着した。
 門を潜った所でライツは小窓を開け、御者へ別邸につけるように伝える。
 城下町にあるこの屋敷は、ルザハーツ家に使えている者達が住み込みで仕事をしている。
 ライツにとっても職場という認識が強い。
 なので同じ敷地内にある奥の別邸が、ルザハーツ家の人間にとって私的にくつろげる場所となっている。
「マナ」
「はい?」
「今から行く別邸は、特に信頼の厚い者のみが出入りを許されている場所だ。だが、透過の魔法のことはその者達にも知られるわけにはいかない。エスコート出来ず申し訳ないが、馬車から降りたら誰にも気づかれないように俺の後を静かに付いてきて欲しい」
「わかりました」
 愛那はこくりと頷いた。

「ライツ様。お帰りなさいませ」
 馬車から姿を見せたライツを執事と召し使い達が出迎える。
「ああ、出迎えご苦労」
 愛那は音を立てないように、こっそりゆっくりと馬車から降りた。
 ハリアスとモランもすでにそこに控えている。
「モラン。ナチェルに頼みたいことがあるから呼んできてもらえるか?」
「承知しました」
 すぐにモランが屋敷へと向かう。
「アルファン。夕食の前に簡単に食べられるものを用意してくれ。今日は忙しくて食べ損なった」
 アルファン・モードレー。
 この別邸を含め、屋敷全体を任されている執事の名である。
「かしこまりました。すぐに御用意いたします」

第39話 もう一人

 別邸の中をライツとハリアスが進む。
 その後を、愛那は身を縮めながらこっそりと付いて行く。
 そうして三人が二階にある一室へと入った。
(うわあ、ここにも高そうな家具。大理石のテーブルにガラス細工の置物、艶のある革張りのソファ)
 愛那は今、自分が高級品を前にしてテンションが上がる性格ではないことを実感していた。
 この建物の中にあるものはどれも高級そうで、絶対に壊さないように気をつけようと心に決めていた。
「マナ」
 扉を閉めライツが声をかける。
「はい」
「手を」
 ライツが手を差し出す。
(また手を繋ごうってこと?)
 愛那が手を触れさせるとライツの手がギュッと握り込んでくる。
 ソファの方へと案内され、隣同士に座る。
 ライツは立ったまま控えているハリアスへと声をかける。
「ハリアス」
「はい」
「マナが今着用している服は特に男に見せたいものではない」
「は?」
 ハリアスが軽く首を傾げる。
「だからまず着替えを用意させる。マナに透過の魔法を解かせるのはそれからだ」
「……なるほど。だからナチェルを呼びに行かせたのですね」
「そうだ。マナ」
 ライツが愛那へと顔を向ける。
「もう一人、君がその透明人間になれる魔法が使えることを教えたい者がいるんだが、いいだろうか?」

第40話 女騎士

 ライツが人に知られたくないと言っていた愛那の透過魔法。
 なのに何故その魔法を知る者を一人増やしたいというのか。
 それはもちろん、愛那の着替えに女性の協力者が必要だからだ。
(こればかりは俺が手伝うわけにいかないからな)
 今も隣に座る愛那があの服を着ていると思うと、ライツは落ち着かない気分になる。
「もう一人って、どんな方なんですか?」
 愛那の問いにライツが答える。
「ナチェル・ミューラという子爵家の令嬢で、俺とモランとは歳が同じで学友だった」
「学友の、子爵家の令嬢……」
「ああ。今はルザハーツ家に使えていて、うちの騎士の一人だ」
「女騎士ですか!?」
 テンションが高くなった愛那の声。
 それにライツが笑う。
「マナは女騎士に興味が?」
「だって、かっこいいじゃないですか!」
 顔は見えないが、笑顔でそう言っているだろうことがわかる。
「女騎士というだけで、かっこいいなんて言葉をマナに言ってもらえるとは、羨ましいな」
「え?」
 握られた手に力が込められ、そんなことを言われた愛那がうろたえる。
 それを見ていたハリアスが驚いた表情をしている。
「あああ、あの! 女騎士だけじゃなくて、ハリアスさんやモランさんの騎士姿も素敵です!」
 うろたえたまま口に出した素直な愛那の言葉は、ライツの笑顔を固まらせた。
「……着替えるんじゃなかったか」
 ボソリとした呟き。
「え?」
「いや。そのナチェルだが、彼女とモランは婚約者同士だ。ちなみにそこのハリアスも既婚者だ。覚えておいて欲しい」
 ライツの笑顔が微妙に恐い。
 愛那は「はい」と答えたあと「はい?」と首を傾げた。

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